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2015/05/03の日記(その2):Tokyo Cantat 2015 コンサート「やまと うたの血脈 VI 〜未来へ〜」

大型連休に演奏会を3公演ハシゴしてきた、第2弾。


『21世紀の合唱を考える会 合唱人集団「音楽樹」』という集まりがある。大型連休にTokyo Cantatという催事をおこなって今年で20年目。前々から興味はあったものの、四女連や六連と日が重なることが多いなどの事情で足を運んだことがなく、今年初めて伺うことにした。

Tokyo Cantatは複数のコンサート(公募合唱団や公開リハーサルを含む)や国内各地でのセミナーで構成される。その中で今回拝聴したのは『「やまと うたの血脈 VI」〜未来へ〜』という、全曲委嘱初演によるコンサート。

委嘱にあたり、Tokyo Cantat 2015が委嘱支持会を立ち上げて会員を募り、1口3万円以上の会費を委嘱料に充てている。現在進行形で「充てている」と書いたのはまだ委嘱支持会員の募集を締め切っていないため。


開演時間になって、川島素晴氏、寺嶋陸也氏、鶴見幸代氏、新実徳英氏の4名がステージに登場。コンサート前半で演奏される曲目の作曲者である。新実氏の進行で、各人の書いた新作についてのインタビューとも座談ともつかないトークがおこなわれた。

せきは会場センター付近のやや後ろ寄りに座った。プレトーク後に招待席に戻る作曲者たちのお姿がよく見えた。


「HACTION MUSIC -for female voices」
作曲:川島素晴
指揮:片山みゆき/合唱:UTABITO 2015/演出:しままなぶ

くしゃみで始まりくしゃみで終わる曲。概要は、作曲者がFacebooのリハーサル画像アルバムで解説しているので、そちらを参照くださいませ。プレトークによると、パフォーマンス中の出来事はすべて記譜されている由。

演奏会パンフレットの記載から補足すると、冒頭で各団員から感情表現を引き出す「人間彫刻」のメソッド(しま氏が作品の準備段階で団員に施したことが元)が実践されるとのこと。直立する演奏者1名の身体を他の演奏者何名かが粘土やデッサン人形よろしく動かしてポーズをとらせるパフォーマンスが散りばめられていたけど、それのことかな。

この曲について理解したところを自分なりの表現で言い直すなら「記号化された感情表現や生理現象のデフォルメが進んでオノマトペに至り、オノマトペに音程・リズム・ハーモニーが加わって合唱となる」といったところ。今回の委嘱には日本語を扱うという条件があったそうだが、オノマトペは言語・文化によって異なるので、この歌詞は《れっきとした「日本語」》というのが作曲者の弁である。

ちなみに「HACTION MUSIC II」も作曲されていて、今年6月に初演される予定

「ヒロシマ神話」嵯峨信之の詩による混声合唱のための3つのモテット
詞:嵯峨信之/作曲:寺嶋陸也
指揮:西岡茂樹/合唱:豊中混声合唱団
  • ヒロシマ神話

パンフレットにて作曲者いわく《副題に「モテット」と付けたのは、ルネサンス時代の合唱曲の様式を踏襲して、声と言葉の力で構成される無伴奏合唱曲であることを強調する意味です》とのこと。寺嶋氏が一昨年作曲した「無伴奏混声合唱のための『ざんざんと降りしきる雨の空に』」出版譜の前書きにある《ルネサンスやバロック時代のモテットとほとんど変わらない様式による曲》から一歩も二歩も踏み込んだ取扱いになっている。せき個人としてはキリスト教とは無関係な内容の楽曲をモテットと命名することに違和感を禁じ得ないけれど「歌うことはこれすなわち祈りである」みたいな言説(註:作曲者や演奏者がそう発言したわけではない)を持ち出されたら「……そうですか」の一言。

シリアスな1曲目・3曲目に、やや諧謔的な2曲目が挟まれるといった構成。「骨」は中原中也の同題の詩に通じるところがあるような。いずれもコンパクトながら説得力の強い曲だと思う。豊中混声合唱団の定期演奏会で再演されるそうなので、ご興味のある方はどうぞ。

だれも知らない牛の話
詞(童話):白井明大/作曲:鶴見幸代
指揮:松村努/合唱:Combinir di Corista/ピアノ:織田祥代

しろくろこぐま座から発行されている童話集「カワウソのお茶」所収の、虹が出る前に鳴り響く音が聞き取れるという牛との会話を描いた童話1篇まるごとがテキスト。白井氏も来場しておられた。

曲はほぼ全編レシタティーボ的で、ところどころ掛け合いが混じる。ファンタジックで聴きやすい曲想。ただ、牛が「もうもう」と連呼するエンディングは(作曲者や演奏者の意図とは違うんだろうけど)悪夢にうなされているように聴こえてしまった。

混声合唱とピアノのための『黙礼スル 第2番』—「馥郁たる火を」より

詞:和合亮一/作曲:新実徳英
指揮:藤井宏樹/合唱:合唱団樹の会/ピアノ:浅井道子
  • I 闇夜
  • II 決意の火
  • III 青空に(『詩ノ黙礼』より)

『廃炉詩篇』の「馥郁たる火を」からとったテキストで激しく畳みかける前半2楽章と、『詩ノ黙礼』後半部から選び取られたテキストをシンプルで美しく歌う終楽章で構成される。第2番ということは第1番も存在するわけだが、第1番は来月おこなわれる合唱連盟 虹の会合同演奏で初演される予定で、作曲と初演の順序が逆になったとのこと。新実氏は東日本大震災以降に書いた自作に「A.E. (After Earthquake)」という通し番号をふっていたはずだが、プログラムには通し番号が付いていなかった。番号を付けるのをやめたのか、それとも何らかのミスなのか。

聴いていて、どうしても新実作品『祈りの虹』を思い浮かべたくなった。広島の8.6と福島の3.11をダブらせてしまうのは、作曲者がパンフレットで原爆に触れていたことや、同じパンフレットでヒロシマとフクシマが重なって見えると寺嶋氏が書いたことの影響ばかりではない。『祈りの虹』はJacques Arcadeltの原曲による「Ave Maria」を下敷きにするなどの仕掛けが施されているのだが『黙礼スル 第2番』ではそういった装飾が控えめなうえ、『祈りの虹』の無伴奏ヴォーカリーズにあたる楽章が『黙礼スル 第2番』にはないというのが、両者の違い。

それはそうと、新実作品と藤井氏って相性抜群ですよね。

(2016/2/26追記)カワイ出版から2016年2月に発売された楽譜では、混声合唱とピアノのための「黙礼スル 第2番」A.E.43と作品番号がつけられた。同時に発売された混声合唱とピアノのための「黙礼スル 第1番」A.E.44も同様。そして、この番号は初演された順に振られているであろうことも分かる。


インターミッションを挟み、後半。まず、コンサート前半で演奏される曲目の作曲者である、糀場富美子氏、鷹羽弘晃氏、西村朗氏によるプレトーク。進行役を担当した西村氏いわく「前半は力作が並びましたが、後半は『10分以内』という条件を守った曲ばかりです」。


「星曜日・風曜日」女声合唱の為に
詞:武井武雄/作曲:糀場富美子
指揮:野本立人/合唱:熊遊舎女声合唱団
  • 星曜日
  • 風曜日

男声を用いない編成で、風鈴や風の音の擬音を交えたサウンドは、幻想的ながらもどこか骨太。団員が入場する段階から風鈴が鳴っていたのは譜面などで指示された演出か否か。

プレトークによると、締切前に曲が完成したのは糀場氏だけだったとのこと。

解釈の試み 〜鷹羽狩行の俳句に寄せて〜
俳句:鷹羽狩行/作曲:鷹羽弘晃
指揮:向井正雄/合唱:Vocal Ensemble ≪EST≫

句そのものが持つ音律を生かしつつ句の世界を音像化するという形で1曲につき1句をテキストにした小品5曲による合唱曲集。合唱で5・7・5の「5・7」を繰り返し、ラストに最後の「5」を付けて終わるという作りの曲が多かったような印象。

途中フォーメーション移動があったが、譜面などで指示された演出か、演奏者のアイディアによるものかは不明。

初演ステージで作曲者ご臨席の場合ステージが終わったあと客席の作曲者をステージの上に呼ぶことが一般的で、ほかのステージでは普通に行われていたのだが、向井氏はそれを失念しておられた様子。歌い手が退場しだしたのを見て、鷹羽氏が慌ててステージに駆け寄り、歌い手ほぼ全員が退場し終わったところで指揮者と作曲者が二人きりで壇上でハグしあうという、ちょっと珍しい光景がみられた。

クリシュナの変容
歌詞構成・作曲:西村朗
指揮:栗山文昭/合唱:栗友会合唱団

ヒンドゥー教の聖典「バガヴァッド・ギーター」第11章にある8つの語句と6つのマントラを組み合わせたサンスクリット語テキストによる無伴奏混声合唱曲。あのー、この演奏会の新作って「日本語」が委嘱条件の一つじゃありませんでしたっけ?

西村氏にとってヒンドゥー教の聖典や神話は重要なモチーフのひとつで、主に器楽曲が多く書かれているが、合唱曲は初めてのはず(仏教の経典を用いた合唱曲なら「水の祈梼」「両界真言」などがある)。声楽作品だと、今回の新作と共通する題材による室内オペラ「バガヴァッド・ギーター(神の歌) 〜メゾソプラノ、バリトンと打楽器アンサンブルのための〜」が、この演奏会の数日前にNHK-BSプレミアムで放映され、ご覧になった出演者・来場者もいらしたであろう。

無声音「Hari」に始まる演奏は、なんだかよくわからないけどとにかく物凄い音響の塊に圧倒された。偉大なる宇宙神を目の当たりにするとこういう心持ちになるのかも。


プログラムパンフレットで寺嶋陸也氏が「やまと うたの血脈」シリーズを総括する文章で《どの演奏も誠実な演奏で、演奏のせいで曲の真価がよくわからない、というようなことは全く無かったと言ってよく》と寄稿しておられる。今回のコンサートの演奏もこの通りで、見事の一言。おかげで充実した演奏会を心おきなく楽しむことができた。

出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。

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