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2016/09/22の日記:harmonia ensemble 第8回定期演奏会——柴田南雄生誕100年記念個展

harmonia ensemble(ハルモニア・アンサンブル)の「harmonia ensemble 第8回定期演奏会——柴田南雄生誕100年記念個展」を聴きに上京してきた。

出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。


この団体の演奏会は、昨年12月19日に行われたharmonia ensemble 3rd Christmas Concert以来。

せきが実演に接した柴田南雄作品は『美女打見れば』『萬歳流し(男声版)』『修二會讃(男声版)抄』『三つの無伴奏混声合唱曲』の4作。ほか、柴田氏の著書を何冊か読んだことがある。あまり深追いはしてないけど、いささか興味関心のある作曲家で、柴田作品だけ特集した演奏会は貴重なチャンスに思われたので足を運ぶことにした。


夕方4時に東京着。終演は上越新幹線の終電に間に合わないこと確実だが、翌日は出勤しなくてはいけないため(さすがに午前半休をいただいた)東京駅からアクセスの容易な場所に宿を取った。その宿には大浴場があり、チェックイン後すぐ入浴して身支度し、出発。


会場は府中の森芸術劇場ウィーンホール。初めて行くホール。小雨の降る中ひとり傘をささずに東府中駅からの一本道を歩いた。

今回も「スマチケ」で入場。

プログラムは年代順の配列。代表の福永一博氏がプログラムパンフレットの挨拶文で《作曲家・柴田南雄の半世紀にわたる創作の軌跡を感じ取っていただけるような5作品を選びました》と記している。


三つの無伴奏混声合唱曲 op. 11
作詩:北原白秋

最初期の作品。ちょっと前に第3曲「風」が全日本合唱コンクールの課題曲に選ばれたとき複数の団体が歌うのを聴き、演奏者によってずいぶん色合いが変わるのが興味深かった覚えがある。

harmonia ensembleの演奏は程よく流麗だし、弾み過ぎない程度にリズムも立っている。この曲集はドイツ方面の影響が濃厚に感じられるのだが、その印象がさらに補強された。ちゃんとドイツ音楽のスタイルを身に着けた演奏者だからこそともいえよう。

無伴奏混声合唱のための『優しき歌・第二』より
作詩:立原道造

全4曲から成るが、今回は前半2曲「また落葉林で」「朝に」のみ。精密な演奏。

この曲集は他の柴田作品と比べても、立原道造をテクストとする他の声楽作品と比べても、ちょっと異質な印象を受ける。せき個人は柴田作品に対し泰然自若とか悠悠たるとかいったイメージを抱いているし、たとえば「また落葉林で」については多田武彦作品が真っ先に頭に浮かんでしまうくちだが、この曲集はそれらに副う要素が少なく、当時の最前衛サウンドを追いかけるのに汲々としているみたいに聴こえる。

それを読み解くカギは、1993年に発行された音楽評論誌「ポリフォーン vol. 13」柴田南雄特集号に載っている柴田氏と武満徹氏との対談にあるものと思われる。立原道造の話になり、柴田氏が《立原はね、僕の二学年上になるんですよ》と発言する。もっと昔の人だと思っていたと驚く武満氏に《いえ、僕とまったく同じゼネレーションです》と答えた柴田氏は以下のように続けた。

あの人の詩の言葉というのは、あの時代の理科系の大学生の感覚そのものですね。戦時中のなんとも言えない圧迫感からの一種のニヒリズムだと思うんですよ。

柴田氏は東京帝国大学理学部植物学科と東京帝国大学文学部美学美術史学科を卒業した。すなわち「あの時代の理科系の大学生の感覚」を共有しているおひとりである。そういう背景が頭にあれば『優しき歌・第二』にみられる理科系そのものの緻密な音づくりも理解できそうな気がする。

『三つの無伴奏混声合唱曲』とこのステージは1列で半円を描いた並びで演奏され、福永代表が前に出てタクトを取った。後半の『春立つと』以降も同様。

萬歳流し no.45
テノール:森一夫[特別出演]

シアターピースと呼ばれる作品群の代表として演奏された。もともと秋田県横手の萬歳を素材とする男声合唱曲だが、のちに女声パートを加えた混声合唱版が作られた。今回、女声パートは高田瞽女唄による1976年版と、ヴォーカリーズによるハーモニーを主体とした1980年版からそれぞれ素材を適宜選択した由。また、演奏にあたり、委嘱初演団体にあたる法政大学アリオンコールのOB会から鼓と半纏を、再演歴のあるTokyo male choir Kuukaiから頭巾を借りるという形で協力を仰いだとのこと。

今回は指揮者なしでの演奏。第一人者たる森氏のソロはリアリティと説得力たっぷりだし、ほかの男声も皆さん朗々と歌うものだから、太夫と才蔵のペアが歌いながら練り歩く会場は瞬く間に独特の音空間で満たされた。これこそ演奏会場の生だから堪能できるもの。観客からは、扇子にのせきれないほどのおひねりが集まった。

惜しむらくは、終盤、太夫たちと才蔵たちが掛け合いを歌うくだりで、自信なさそうに小鼓を叩くメンバーがいたこと。近々オペラで演じながら歌う予定のある身として舞台上の振る舞いに気を付けねばという思いを新たにした。

混声合唱と日本の横笛のための『春立つと』 no.101
横笛:松下真

邦楽器と共演する連作合唱組曲の2作目。1作目は女声合唱と筝のための『秋来ぬと』、3作目は先に記した男声合唱と小鼓のための『美女打見れば』。

『春立つと』はご年配の合唱団を念頭に作曲されたものだが、若い歌い手たちが演奏すると瑞々しさが溢れ、横笛とのアンサンブルも相まって、これはこれで趣深かった。

合唱曲「無限曠野」 no.114

柴田氏最後の合唱曲。柴田作品には、大きなテーマに古今東西の様式でアプローチするシアターピース(大学生のための合唱演習と呼ばれる)や、ご当地ものシアターピースもある。いずれも直接は今回のプログラムに含まれなかったが、後者の源流にある作品が「萬歳流し」、シアターピースでないけれど前者の流れを汲むと思われる作品が「無限曠野」にあたるという見方もできるだろう。

「無限曠野」は、シベリア抑留をテーマにしたいという委嘱者の意向を踏まえ「行って帰らなかった」人々へのレクイエムとして書かれた。曲ごとにスタイルが異なるが底流をなすのは柴田氏ならではの悠悠たる作家性。演奏も白眉で、30分以上の大作にもかかわらず息をつかず聴いた。このステージだけ言葉の立て方が他と違っていたような。

終曲「大白道」は、終盤で音程のないシュプレヒシュティンメだけになり、詩をとなえながら散り散りに舞台から退出して曲が閉じられ、せきは我に返った。


アンコールに『三つの無伴奏混声合唱曲』終曲「風」を再演し、21時25分過ぎに終演。充実した演奏会、堪能致しました。


終演後、当ブログのコメントに書いて下さった《お話ししたかった》を真に受け、福永代表にご挨拶させていただいた。

福永氏は驚いたご様子のあと「次の朝ドラに芳根京子さんが出ますね」と、氏が合唱指導・監修を務めたドラマ「表参道高校合唱部!」の話。「今日から朝ドラに優里亞さま(吉本実憂さん)が出てますね」と返答。ドラマでネタになった「追分節考」の話など出そうと思っていたが、ホール退出時間が迫っている様子だったので失礼させていただいた。

コメント(2)

  1. せきさん、先日はコンサートにご来場下さってありがとうございました!
    終演後ずっと待ってていただいたみたいで申し訳ありません!
    短い時間でしたが、お会いできてお話できてよかったです(^^)!
    今後ともどうぞよろしくお願いいたします(^^)!オペラがんばって下さい!

    返信

    福永一博

    • 福永さま、いろいろと恐縮でございます。終演後のバタバタしたときに失礼いたしました。お目に掛かったときは演奏から受けた多くの刺激を言語化しきれておらず、貴重な時間をいただいたというのに口が重たくなってしまい心苦しい限りです。

      次は11月21〜23日に予定されている「harmonia ensemble 国際合唱フェスティバル」なんですよね。とても意義深い企画で興味を惹かれるところ大なのですが、残念なことに会期がオペラ「てかがみ」の追い込みと重なっているため伺えそうにありません。実り多きフェスティバルになりますよう越後長岡の地から祈念いたします。

      返信

      せき

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