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映画「桜ノ雨」を見ました ※ネタバレあり注意

この記事には、作品の展開や根幹についての記述が含まれます。映画未見でネタバレを読みたくないという御方はご注意くださいませ。


映画「桜ノ雨」は今年3月5日に劇場公開されました。うちの地元の映画館でも上映されていたのですが、スケジュールがあいたときには既に上映終了。幸いニコニコ動画でも有料で配信されていて、せきはそちらで視聴しました。本日5月15日現在でもまだ視聴できるようです。

ジャンル的には青春映画ですね。恋愛については、匂いがほのかに漂う程度。

舞台は海沿いにある音浜高等学校の合唱部で、山本舞香さん演じる遠野未来が主人公です。未来(ミクと読む)は、心の動きを表に現すことがあまり得意でない高校2年生。本人は部活のためになることを何もできていないことにもどかしさを感じています。そんな未来が苦手を振り切ってアクションを起こすまでの過程が、物語の推進力です。

一部ネット記事で「山本舞香が独唱に挑戦」と報じたものがあります。ただ、未来が役柄としてソロで歌うシーンは発声練習ぐらいで、山本さんが独唱を歌っているのは劇中の挿入歌2曲です。繊細な歌声だと思います。同じパソコンでも、ニコニコ動画から視聴したときと、BSフジで放映された映画『桜ノ雨』公開特番「涙の理由…」(YouTubeでも配信されている)では、声の印象が若干違って聞こえました。

タイトルの「桜ノ雨」は近年広まっている卒業ソングで、halyosyさん作のボーカロイド曲です。来週5月22日にテレビ朝日系列で放映予定の「題名のない音楽会」でも演奏されるようです。一方、劇中では合唱部部長・桜音ハル(浅香航大さん)が作詞作曲したという設定です。卒業式とリンクさせるような描写は一切なく、あくまでも合唱部の愛唱歌という扱いになっています。


ここからは合唱フリークの視点で目に留まったことをアトランダムに書き連ねます。

映画冒頭、久松郁実さん演じる副部長・美月瑠華がハル部長のピアノに合わせて「桜ノ雨」を独唱します。その歌声は優しさに溢れ、副部長の役柄に奥行きを与えているような印象さえ受けます。実は久松さん、2011年度「Nコンマガジン」でハモリ倶楽部という中高生グループのリーダーを務めていました。同番組に出ていた声楽家および合唱指揮者の辻秀幸さんから当時発声の手ほどきを受けたことは想像に難くないですし、もしそうなら指導の効果はかなりのものが残ったと思われます。

現実世界で、中学・高校・大学の合唱部員・団員はしばしば自嘲を込めて自分が所属する合唱団を「歌う体育会」と呼びます。合唱は身体全体が楽器で、通常マイクロフォンは使わずに演奏されるので、楽器の性能を上げるために体育会ばりの肉体トレーニングを行う部活や団・クラブが多いのです。映画「桜ノ雨」における合唱部の描写では歌う体育会の側面にかなり尺を割かれ、広田亮平さん演じる新入部員・北村蓮がトレーニングのハードさにギブアップしてしまうキャラクターとして登場します。エンドロールで取材協力に府中西高校合唱部がクレジットされています。おそらく練習の進め方(リップロールしながらのランニングとか、腹筋運動をしながら発声練習するとか)などについて取材がなされたのでしょう。

パート練習を始めようとするシーンで、オルガンをえっちらおっちら運ぶ男声パートの部員が映ります。パート練習では鍵盤ハーモニカや小型電子キーボードなど一人で簡単に持ち運べる楽器を使うのが一般的だと思うのですが。

もっとも劇中でその手の楽器が登場しないわけではなく、未来がカシオのSA-46とみられる小型電子キーボード(これを使う合唱人は確かに多い)を膝に海辺に腰掛けるシーンがあります。なぜか電子キーボードにはヘッドフォンが挿さっています。屋外だとキーボードの音が散っちゃって聞き取りづらいからでしょうかね。

音浜高等学校合唱部が歌うのは、ボーカロイド曲として書かれた歌の書き下ろし合唱編曲が数曲です。

コンクールのシーンでは、小田美樹構成・作曲/信長貴富編曲「群青」と、ミマス作詞/SACHIKO作曲/富澤裕編曲「明日の空へ」も演奏されます。前者は静岡県立沼津西高等学校音楽部・芸術科3年有志が、後者は加藤学園高等学校音楽部が歌っています。「群青」は東日本大震災の記憶につながる合唱曲として年代を問わず広く演奏されていますし、「明日の空へ」は中学校の教育現場でしばしば取り上げられています。エンドロールで「協力」にパナムジカと音楽之友社の名前があるのは「群青」「明日の空へ」楽譜の版元であるからと思われます。

合唱を題材にした映画やドラマは日本でも数々作られています。その大半は合唱業界で活動する指導者がスタッフの一員に加わっていて、中には全日本合唱連盟が後援などの形でプロモーションに協力したりもしているのに対し、「桜ノ雨」はそういった関係性が薄めで、エンドロールでクレジットされている合唱関係者は前述した程度です。わがツイッターのフォロワーは合唱につながりのある人が大半を占めるのですが、この映画について知っていたフォロワーさんは皆無だったようです。合唱を題材にするからには合唱人をターゲットにしたプロモーションが不可欠でしょうに……。

合唱指導はアミューズメントメディア総合学院ヴォイストレーニングコース講師の相澤圭介氏が務めています。相澤氏は同校の「トレーナー紹介」で「桐朋学園大学出身」「オペラの現場にて歌手として活動」と紹介されています。ただ、せきは寡聞にしてこの方のお名前を存じませんでした。『リレーブログ|映画「桜ノ雨」×アミューズメントメディア総合学院(AMG)』によると、映画の合唱部員役には同学院の生徒さんが14名ほど参加したのだそうです。そのせいか、合唱をモチーフにした日本の映像作品としては歌声が分厚い部類のように思います。劇中、副部長の提案で花火大会を見ながら一同で歌う「Fire◎Flower」が最も生き生きしていたように聴こえました。他の曲はクラシックの声楽の流れをくむ発声法で歌っているのに対し、この曲だけ声の飛ばし方がポップス的なのが大きな理由かな。

コンクールシーンで映る看板を見ると、名称は「第35回静岡県芸術文化合唱コンクール」、主催は「静岡県合唱委員会・静岡市文化推進委員会・静日新聞社・高等学校音楽連盟東海支部・高野橋楽器」と記されています。

音浜高校合唱部はコンクールに向けて「情熱の道標(みちしるべ)」という曲に取り組みます。これも原曲はボーカロイド曲です。当初より合唱曲として書かれたものではありませんが、いかにも合唱部がコンクールで賞を狙って選んだような小難しい雰囲気の曲にアレンジされていて、パロディと受け取る人もいそうです。

【この先ネタバレ含む】

「情熱の道標」に悪戦苦闘する部員たちにはコンクールで「桜ノ雨」を歌いたいのにという不満が渦巻き、練習はますます難航するのでした。

他の部員の不満を全身に受け止めながらも具体的な解決策がとれず悶々とし続けていた未来(苦悩が「情熱の道標」歌詞と重ね合わせる形で描かれる)がクライマックスでついに行動を起こします。一同が集まる前で「やっぱり『桜ノ雨』を歌おうよ。今からでも間に合うでしょ」と語るのです。部長は「『桜ノ雨』は来年に」とたしなめながらも、結局コンクール本番で音浜高等学校合唱部は「情熱の道標」でなく「桜ノ雨」を演奏しました。

問題は、未来の演説が行われた場が、なんとコンクール本番直前の舞台袖ということです。そして本番でピアニストを務めた部長の手が「情熱の道標」前奏で早々に動かなくなり、しばらくおいて「桜ノ雨」前奏を弾き始め指揮者も歌い手も追随するという流れで、運営本部への届け出なしに曲目変更がなされました。演奏終了後、ナレーションで失格に終わったことが示されます。

思春期ならではのエネルギー噴出により物語の最高潮を演出しようという意図は分からなくもないですけど、少なくともクラシック音楽のコンクールやコンテストやコンペティションでは参加申し込み時に届け出た演奏曲目は変更できないきまりになっているものが一般的です。参加経験者にとっては部長が違う曲に変えてピアノを弾き直した時点でたちどころに失格とわかってしまいます。せっかくの盛り上がりに水を差されたように私は感じました。曲目変更による失格という結果に向けて物語を動かすなら、たとえば未来に対して部長なり副部長なりが「今からの曲目変更はコンクールの規定で認められていない。芽衣子先生(田畑智子さん演じる合唱部顧問。コンクールを最後に音浜高等学校を去ることが決まっていた)を金賞で送り出そうという思いが無駄になるけど、それでもいい?」などという問いかけを挟むとかすれば、リアリティへの影響を抑えた形で「でもやっぱり『桜ノ雨』を歌いたい」という熱意を強調できたのではと思います。


現実の合唱界とのつながり方や、そこからくる設定の一部に、首をかしげる部分があったことは否定できません。でもそういったものを脇に置き、青春映画として見るなら、主人公の心の動きに感情移入するところが多かったですし、エピローグが残す余韻を味わい深く感じました。

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