blog.合唱アンサンブル.com

せきと申します。ウェブサイト「合唱アンサンブル.com」を動かしております。

ステージ出演予定などは告知カテゴリをご覧ください。

2017/05/13の日記:越の国室内合唱団 VOX ORATTA 第2回演奏会

越の国室内合唱団 VOX ORATTA 第2回演奏会」を聴きに、5月とは思えない暑さの中、長岡リリックホールのコンサートホールへ出かけてきた。

このたびのコンサートは5月13・14日の2公演だったが、せきが足を運んだのは初日のみ。チケットは事前にメンバーから手配いただいた。演目にシアターピースがあるので一人一人の顔まで見ることができるよう、一般人が座れる範囲では最前列に近い中央の席で拝見。



祈りの音楽 —アカペラステージ—
指揮:仁階堂孝
  • Requiem Aeternam
    (作曲:Matthew Lyon Hazzard)
  • Pater Noster
    (作曲:John August Pamintuan)
  • Lux Aeterna
    (作曲:Ivo Antognini)
  • In Paradisum
    (作曲:Matthew D Nielsen)

海外の現代宗教曲ステージ。死者を悼む方向性のテキストによる静かな曲ばかりを集めたのは、このあとのステージとの対比を意識したものであろう。

1曲目の冒頭、アルトのパートソロにソプラノや男声が声を重ねていくのが見事なツカミ。このたびはアルトがしっかり鳴っていて、それが全体のサウンドの要となっているように感じた。どこかしら西欧の合唱団っぽいサウンドのように聴こえた。

3曲目終わりのクラスターっぽい和音も絶妙のバランスだったと思う。

合唱のためのシアターピース『あの日の空の詩』
台本・演出:しままなぶ/作曲:信長貴富/照明:林高士
指揮:仁階堂孝/ピアノ:石川潤
  1. おさかな雲
  2. 空襲
  3. 訓練
  4. 音楽の授業
  5. 月の人
  6. 耕作・食糧確保
  7. 勤労
  8. 伝単「日本国民に告ぐ」
  9. 星の命
  10. 空襲・避難
  11. 焼け野原
  12. 花になりたい
  13. おさかな雲(終曲)

委嘱作品初演。ことばも音楽も(聴くぶんには)難解さ控えめながら濃密だし、演奏は説得力たっぷり。約1時間の上演時間ずっと引き込まれ続け、終演後は音楽に満たされたような感覚が味わえた。

新しくシアターピースを作ろうという話は何年も前から出ていて、当初は一昨年の第1回演奏会で別の人のテキストによるものを初演する計画だったが(2014年3月に行われた「花*花コンサート」でアナウンスされたし、そのあともしばらく配布チラシなどによる告知がなされていた)そのときは実現せず、しままなぶ氏の力を得て今回ようやく完成・初演を果たしたという経緯がある。

テキストは動きや照明などによる演出を施した形で歌われることを前提に書き下ろされたもの。

舞台装置は、山台と、何十脚かの小さな木製の椅子のみ。椅子を組み合わせて箱馬がわりに使われた場面もあった。

作曲者はパンフレットに寄稿したライナーノーツで、シアターピースとしての『あの日の空の詩』の位置付けについて《やや「合唱劇」寄りといえると思いますが、「劇」と言い切ってしまうには違和感があります。起承転結の時間軸にのって物語が進むというよりは、或る時代の心象を多角的に見ていくという在り方だからです》と記しておられる。私自身の表現でいうと、場面・楽章の構成が「合唱組曲」的なのだ。

各楽章のタイトルから、第二次世界大戦に敗れる間際の日本を描いた作品であることが容易に分かる。

プロローグおよびエピローグは、現代の花火大会らしき場で歌われる「おさかな雲」。間に戦時下セクションが挟まる。

戦時下セクションの舞台は国民学校。初演団体が20代〜30代前半という若い年代であることを踏まえた設定であろう。描かれるのは、授業・休み時間のひとこまや、戦時教育令により軍需工場と化した校内の風景など。ファンタジーと呼ぶには残酷な描写も混じる。戦時下セクションについては、既存の合唱作品でいうなら広島の原爆を描いた薄田純一郎作詩・森脇憲三作曲による組曲『碑』が最も近いであろう。個人的には伝単や長岡空襲が登場する点で、昨年せきがコーラスの一員として上演に参加した池辺晋一郎作曲のオペラ「てかがみ」を思い起こした。ただし「てかがみ」の登場人物は伝単を回収する群衆や焦土と化した長岡の市街地を遠くから眺める民衆なのに対し『あの日の空の詩』では伝単を読んで恐れおののく人だったり空襲で一同が焼け死んだりとかいった違いがある。とにかく『碑』「てかがみ」と比べると『あの日の空の詩』は語り口がリアルにしてシニカルなのが今様だと思った。

ORATTAの皆さんは、腕立て伏せしながら歌ったり、ミシンで縫い物をしている設定で椅子に腰掛けロボットダンスふうの動きで歌ったり、空襲で被災した場面で「その体勢でいるだけでもしんどそう」な姿勢で歌ったりだったが、アンサンブルも息も全く乱れがみられなかった。すごい。しかも振り付きステージは往々にして軍隊調あるいはマスゲームっぽくなりがちだが、このたびは各人の個性がほどよく保たれていたのが興味深い。

「不思議の国のアリス」における兎よろしく現代セクションと戦時下セクションをつなぐ役割を果たすのは、防空頭巾をつけた女の子。上演では彼女の名が呼ばれた印象がないけれど、しままなぶ氏のブログによると「アイ」という役名とのこと。

演奏会の事前告知記事が新潟日報に載った(団の公式ツイッターアカウントでも読める)。その記事を終演後に読み直し、アイを演じたソプラノのソリストさんが昨年の「第1回 Greetings Concert」では公募メンバーだったことを知った。公募メンバーから正式入団に至ったのは、団がおこなった種まき活動が次につながったことも含め、喜ばしい限り。

事前告知では1945年8月1日の長岡空襲を題材とすることが強調されていたが、上演されたものを見る限り、地域性は最小限に抑えられ、ご当地ものという色合いは薄い。地域性があらわれたのは、伝単を読み上げる場面で空襲予定地として様々な地名が並ぶ中「長岡」を強調したくだりぐらいだったように見受けられる。

長岡市では毎年8月1〜3日に「長岡まつり」が開催される。2・3日に長生橋および大手大橋周辺の土手で行われる大花火大会が有名である。この祭はもともと長岡空襲からの戦災復興および慰霊として始まったもので、大花火大会にも戦死者の慰霊という意味合いが含まれている。という前史が頭にあると、長岡を拠点とする合唱団にとって必然というべき題材であるし、土手での花火大会から戦時下にタイムスリップする導入も納得である。とはいえ、前の段落で書いたとおり長岡市にゆかりのない合唱団でも取り上げることに支障はない作品だし、現代日本において普遍性の高いテーマゆえ全国各地での再演が期待される。

出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。すごいものが生まれる場に立ち会えて幸せです。


終演後、ロビーで知人のメンバー何人かにご挨拶し感想など立ち話。指揮者の仁階堂先生とも初めてお話させていただいた。また、持参の楽譜に信長先生からサインを頂戴した。

コメントする

This blog is kept spam free by WP-SpamFree.


    ケータイ利用者さまへ

    当ブログは携帯電話から直接アクセスできます。コメントも可能です。

    なお、アクセントやウムラウトが付いたアルファベットや「髙(ハシゴ高)」などの文字を正しく表示できない携帯電話端末が存在するので、そういう文字は代替表記しています。

One in a Million Theme by WordPress theme