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青島広志著『ブルー・アイランド版 合唱(コーラス)まるかじり』を読む

2014年2月2日付『「未来へ響け! 復興のハーモニー」を読む』2014年8月13日付「田中信昭著『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』を読む」に続き、当ブログでは3件目の読書記録記事です。


今回とりあげるのは、青島広志著『ブルーアイランド版 合唱(コーラス)まるかじり』中央公論新社です。


奥付によると2015年3月10日付で初版が刊行されました。

せきが見聞する限り、この本は合唱界では現在に至るまで黙殺に近い扱いを受けているようです。現時点で、パナムジカでの取り扱いがありませんし、全日本合唱連盟の機関誌「ハーモニー」でも紹介されていないはず。


この本は「まえがき」と、イントロにあたる図版「合唱音楽の歴史」「合唱の並び方」と、第1部「合唱の秘密をさぐる」と、第2部「合唱力をつける」で構成されています。

第1部「合唱の秘密をさぐる」

第1部は、読売新聞によるニュースサイト「YOMIURI ONLINE」で「クラシックまるかじり」と題した連載から合唱がらみのエッセイをまとめた章です。概ね連載の2年目で発表された原稿が、おそらく初出のまま掲載されています。

文中では時折イニシャルで人名が記されてます。一見匿名扱いしているかのようですが、たとえば3回に分けて書かれた「合唱愛好者の生涯」の主人公「O」が声楽家の小野勉氏であることは、近年の青島氏のお仕事を多少なりとも知る人にとってはイラストや文章から容易にわかるのですよね。青島氏はご自身をさして「B」と略記することもあるようなので、単なる記号とかのつもりなのかもしれません。

連載当時、日本の男声合唱団について記した回と、合唱指揮者について記した回が、ツイッター上で物議をかもしました。いずれも青島氏の1980年代頃の体験談をベースに(ほかの回も時期は異なりますが同様)かなり誇張された形で記述されています。

男声合唱団の回では長幼の序、端的にいうと大学男声合唱団の学年ヒエラルキーについての記述があります。せきが現役生だった1990年代前半の立教大学グリークラブでは形骸化が始まりだした頃だったように思いますが、OBになってから1980年代卒の某先輩が「自分が1年生のときの4年生にあたる代は神様」とおっしゃるのを聞いたことがあるので、青島氏の見聞では確かにそう見受けられる現象があったのでしょう。ただ、指揮者のかばん持ちやお茶出しを1年生が行うのはあり得ないと思います。せきの記憶だと、そういう接待役は幹部の仕事だったからです。わが代のキャプテンは自虐を込めて自らの職務を「茶坊主」と称していました。

合唱指揮者について記した回のうち、一部合唱指揮者の強権発動ぶりについて記したものは、その回に添えられたイラストは某合唱指揮者のおひとり(文中で実名は伏せられているので、ここでもそれに倣う)に酷似していて、その指揮者に対する個人攻撃と受け取られた節があります。実際は、複数名の合唱指揮者についての体験談を混ぜたものと思われます。文中に出てくる「演奏旅行で指揮者をお呼びする際、指揮者先生用にグリーン車を2席とって片方をあける」というのは、それに近いことを立教大学グリークラブ現役時代にやった覚えがあります。具体的にはボイストレーナーの大久保昭男先生を合宿にお呼びする際の移動手段で、現役時代せきは合宿マネージャーという役職の一環でそういう手配もしていました。青島氏は「大阪の大学生から告げられて」と記しているので、おそらく故・北村協一先生関係の団体がやっていたことなのでしょう(今はどうか存じません)。ただ、北村先生は演奏会場がご自宅の近くであっても、わざわざ演奏会場近くのホテルを団員に予約させて前泊するようなことはなさいませんでした。

ちなみに青島氏は昨年7月に『ブルー・アイランド版 音楽辞典』という本も出していて、その152ページ「ムは無視」で、「K先生という巨人」について、1980年代は合唱関係の仕事で共演する機会が多かったものの1990年代に入るとピタッと連絡が来なくなってしまい青島氏からコンタクトを取ろうとしてもなしのつぶて、「一方的な不義理」をされたという記述があります。おそらく前述の『合唱(コーラス)まるかじり』で似顔絵らしきイラストが描かれた合唱指揮者と同一人物でしょう。この指揮者氏に対して青島氏は私怨に近い感情を抱いているように見受けられます。

さらに付け足すと『ブルー・アイランド版 音楽辞典』では、林光氏の助手をやっていた当時にされた、青島氏が「まるで苦行層の生活」と形容する言動も記されています。初出にあたる雑誌連載の最中に林氏は亡くなりました。近年まで青島氏は林氏について少なくとも表向きには「師と仰ぐ」スタンスを保っていたのですが、林氏の晩年には氏のネガティブな側面をも公にしだしたということみたいです。

俎上にあげられた側の立場から見れば、青島氏のような言動をする人を遠ざけたくなるのは無理ないでしょう。ただ一方せきには青島氏の心情も理解できるような気がする部分がございまして……。

第2部「合唱力をつける」

第2部は、休刊となって久しい雑誌「季刊 合唱表現」で青島氏が連載していた文章が出典です。連載すべてを読みたいところですが、残念ながら採録されていない回があります。たとえばピアノでの伴奏法について記した回や、重複した内容での寄稿(編曲著作権の話など)がそれにあたるようです。

第1部では人間模様が記されているのに対し、第2部では演奏の基礎をなす部分やマネージメント方面に対する指摘が多くなされています。青島氏のスタンスがどちらかというと固定ド唱法肯定派だったり純正律信仰に懐疑的だったりするあたり、興味深いところです。


今はなき会員制モバイルサイト「みんなの合唱」で青島氏は連載エッセイを持っていました。内容は執筆時点での出来事が主だったように記憶しています。合唱がらみの話を書いた回も多く『ブルーアイランド版 合唱(コーラス)まるかじり』第1部以上に攻撃性の強い記述が散見されました。第1部「合唱の秘密をさぐる」とセットにするにはこちらのほうが好適そうにも見えますが、たぶんあれはあれで別に単行本化されるんでしょうね。

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