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『schola 坂本龍一 音楽の学校「日本の伝統音楽」』からの連想

NHKのEテレで『schola 坂本龍一 音楽の学校』という番組の第4期が今年1月から3月まで放映されています。せきは第3期まで見たり見なかったりだったものの、今期は欠かさず視聴しています。

今年2月6日から3月6日までの5回は「日本の伝統音楽」というテーマで、第1週=古代の笛、第2週=雅楽、第3・4週=能楽と狂言、第5週=語り物(浄瑠璃や歌舞伎など)が取り上げられました。そこで紹介されたトピックから合唱人として連想がはたらいたことを書き留めておきます。


能楽と狂言の回では、確かゲスト講師の野村萬斎氏がおっしゃったと思うのですが「狂言はこの世、能楽はあの世」という発言がありました。

ここで連想したのが、三善晃氏による男声合唱作品『王孫不帰』です。この曲が能の謡に倣って書かれています。せきは三好達治氏の詩が文語体なのでそれにふさわしい語法で作曲したのかなという程度に考えていたのですが、詩は戦争に出征したきり帰ってこない(つまり、戦死した)息子を悼むという内容のものであることを思い出し、死を描くために能楽の力を借りたのであろうと認識を新たにしました。


第5週にあたる3月6日の放送を見ながら「高田三郎氏は語り物のスタイルを取り入れた曲を書いていると随筆集に記しておられたっけ。具体的にどういうことだろうか」と思いをめぐらしていました。その中で、「もしもし亀よ」を浄瑠璃ふうに演じてみるワークショップを通して浄瑠璃の様式について手ほどきするコーナーから、答えである実例のひとつが見つかったような気がしました。『水のいのち』終曲「海よ」の冒頭です。

「海よ」前奏のピアノパートはオクターブユニゾンですが、合唱が入る直前にオクターブ下で前打音が鳴らされます。これは、浄瑠璃の三味線が場面転換を示す音型として、うたいはじめの直前で一発だけ低い音を鳴らすのに倣ったものと思われます。また、浄瑠璃でフレーズを始める際あえて三味線と違う高さの音から入るという約束事があるそうです。「海よ」でも前奏の終わりの音と合唱の歌い始めは異なる音高です。この見地に立つと、2回目の「海の不可思議」までの箇所が、浄瑠璃の語り部分→歌い部分を模したものであるかのように感じられてきます。

余談ながら、クリスチャンで典礼聖歌を書いた高田氏はグレゴリオ聖歌を研究しており、氏の作曲語法はグレゴリオ聖歌から得たものが反映されている側面もみられます。定年退団した新潟ユース合唱団の2007年プロジェクトで雨森文也先生をお招きして『水のいのち』より「雨」「海」を演奏したときは、その解釈をもとにアプローチしました。


『schola 坂本龍一 音楽の学校「日本の伝統音楽」』3月6日放映回は、3月12日深夜(3月13日未明)に再放送される予定です。

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