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田中信昭氏と第九と——『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』から思い起こしたこと

2014年8月13日付『田中信昭著『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』を読む』で「脱線が著しくなるので、日を改めて別記事で」とした部分について、今回は書きます。


本記事で主にとりあげるのは、「第九」の愛称で知られる、ベートーヴェンが作曲した交響曲第9番の、第4楽章の有名な8小節を題材にした、『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』の一節です。


コツとして記されていることの内容は、詩のディクションを手掛かりにベートーヴェンが付けたメロディを読み解いていくものです。譜面には、歌詞の重心・力点を示す記号や、単語間の連関を示す線が書き足されています。

ここで、前回記した「哀しみの歌」六連合同練習のことを思い出しました。せきのいた立教グリーは、歌詞「あしひきの山ほととぎす」を「あしひきの山、ほととぎす」みたいに歌っていました。すると田中先生から「あしひきの、山ほととぎす」と歌うように指導いただいたのです。言葉のどこをつなぎどこを切るか大事にする指揮者なのだなと、そのとき感じたものです。

同じ六連合同練習の確か別の日、アンコール曲「路標のうた」の絶頂部に至る間際のフレーズについて「ここは人が個別に存在しているのが連帯感をおぼえるという詩。だから、それまでところどころずれていたのが『つながれる』で全パート揃うように三善先生は書いたんだよ」みたいなことをおっしゃっていたのも印象に残っています。


『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』に載っている第九の楽譜には、日本語詞が付けられています。逐語訳を音符に沿って歌える形に整えたという趣のものです。ところどころ、一つの音符に複数の音節が割り振られていたりもします。これが誰の作かクレジットが見当たりませんが、著者ご自身による日本語詞とせきは推測します。

根拠は、法政大学アリオンコール70年史編集委員会の編纂で1998年6月に刊行された『法政大学アリオンコール70年史』に、「顧問指揮者40年 ロングインタビュー『田中信昭先生とアリオンの40年』」という16ページの記事です(全文が「法政大学アリオンコール HISTORY」「顧問指揮者40年ロングインタビュー」から読めます)。そこで、田中先生が「門えりお(ト・エリオと読む。Eliotのもじり?)という筆名で訳詞を多く書いたことについて、次のようにおっしゃっています。

私の訳詩をするときに心掛けていることは、まずその単語の位置に、その単語の訳詞を入れる。つまりずらさないで入れる。そしてイントネーションとアクセントとがあう言葉を探しまくるわけです。それを歌った時、文章が横に流れて不自然でなく意味を伝えられるような、そのような訳詞でないと訳詞の意味がないし、そうなっていないのは訳詞ではないと思っているわけです。

『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』に載っている第九の日本語詞も、上記のスタイルです。


前述のインタビュー記事や、全日本合唱連盟が出している季刊誌「ハーモニー」No.118(2001年秋号)の田中信昭指揮活動50年記念記事などを読むと、問題意識に根差した舌鋒の鋭さが印象に残り、『絶対! うまくなる 合唱100のコツ』で口調がマイルドになっていることも感じとれます。

舌鋒の一例として、「顧問指揮者40年 ロングインタビュー『田中信昭先生とアリオンの40年』」の終盤に出てくる、第九についての発言を紹介します。

例えばベートーベンの第九を聴いた時に物凄いなと思って何かにうたれた、ドイツ語の意味を全く知らなくても、あの作品は何だ、あの作品の偉大さは何だと素晴らしさはなんだと感動を受けた時、それから始めて意味にせまっていく。その時テキストを読んでみる。そうかこれならあの音でないといけないと思い直す。このような音楽への迫り方があっていいと思います。しかし第九を意味も判らず凄かったとすましているままでは駄目なんですね。「フロイデシヘネル」というようなありかたはまるで論外ですね。

全体としての主旨は容易に分かったものの「フロイデシヘネル」が当時のせきには意味不明でした。有名な歌詞に関連するのかもしれないと何となく思った程度。

何年も経ち、熊谷幸子『「歓びの歌」の本〜辻正行のハーモニー人生』情報センター出版局という本に出会いました。そこに、辻氏が合唱指揮者としてかかわっていた「5000人の第九」の参加者がドイツ語歌詞を覚えやすくするために日本語の語呂合わせ詞を考案したというエピソードが紹介されています。語呂合わせ詞は「風呂出で(Freude)詩へ寝る(schoener)月輝る粉健(Goetterfunken)」で始まるものです(歌詞全文および成立過程はThe Web KANZAKI「第九の合唱歌詞の音訳(語呂合わせ)」をどうぞ)。田中先生が批判していたフロイデシヘネルはこれだったのかとそこで知りました。なお、辻氏は違う表記を作成者に提案するなどしつつ、語呂合わせ詞を面白がったとのことです。

ところで、前述のインタビューで「フロイデシヘネル」がカタカナで記された理由についての謎は残ります。知られた語呂合わせだからカタカナで通じるだろうと判断したためか、記事の構成者が語呂合わせについてご存じなかっただけか、はたまた他の事情によるものか。

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