泊まりがけで上京し「上智大学グリークラブ創部65周年記念 第70回定期演奏会」を聴いてきた。はや1年以上が過ぎてしまったが、そのときのメモを。
出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。
毎年11月の最終日曜、立教大学グリークラブOB会の総会および懇親会が行われる。2018年もそうだろうと踏んで、早くから都内に11月24日チェックイン・25日チェックアウトで宿を取っていた。
ところが、宿を押さえたあと立教大学グリークラブOB会から届いた手紙を見ると、総会は12月1日とのこと。デメテル・コロディアの開催日とバッティングしてしまい、総会は欠席せざるを得ず。
宿のキャンセルも検討したけど、11月25日に行われる上智グリーの演奏会で、2017年12月12日に逝去した多田武彦氏の新作組曲『心平先生の四季小景』が初演されることを思い出した。ちょうどよい、足を運ぶことにした。
なお、前日11月24日は、宮藤官九郎演出版「ロミオとジュリエット」を本多劇場で見たり、世田谷文学館で筒井康隆展を見たりなど、音楽とはあまりつながりのないことで過ごした。
演奏会場は、タワーホール船堀という複合ビル。初めて行く場所である。最寄り駅は都営新宿線の船堀駅。
知り合いの姿は見かけなかったような気がする。ただ、来場していたことを終演後に知った人が何人か。
プログラムのパンフレット、裏表紙に多田武彦氏直筆と思われる文言が載っている。中を読むと、部長やOB会長のメッセージに『心平先生の四季小景』が多田氏の遺作にあたる組曲であることが記されていた。
記念演奏(オープニング)
- GLORIA(『MESSE SOLENNELLE』より)
- 作曲:Albert Duhaupas
指揮:太田務
デュオパの荘厳ミサは、上智グリー伝統ともいえるレパートリーのひとつ。
舞台を見ると、OBに比して現役の人数が少ないことに驚く。あとで最終ステージの動画(後述)を確認したところ、出演者60名のうち現役11名。
1st stage
- ミサ曲『天の女王』より
- 作曲:Jacobus de Kerle
指揮:東海林 孝
- Regina Coeli
- Kyrie
- Sanctus
- Benedictus
- Agnus Dei
抜粋演奏。GloriaとCredoをカット。その代わり、もとになったグレゴリオ聖歌をミサの前に歌った。
Kerleは不勉強にして初めて知る後期ルネサンスの作曲家。同じフランドル楽派のJosquin des Prez逝去から10年後くらいに生まれた。パンフレットに記された楽曲アナリーゼを見ると、Josquinの技法に近いことをやっているようだ。
指揮者は2011年卒のOB。現役時代は入部当初部員数名だったのを、部長および学生指揮者として部員集めや音楽づくりに尽力し、2010年には現役部員16名で定期演奏会を開くに至った由。OBとなってからも現役の指導にあたっているとのこと。主にルネサンスものを取り上げているようなのは、団の基礎体力を鍛えるという狙いも含まれているのであろう。
歌声を聴き、記念演奏とずいぶん声質が違うことに驚いた。パンフレットにボイストレーナーのお名前が見当たらないこととも関係あるのだろう。
2nd stage
- ウエスタンポップス
- 指揮:角田俊祐(学生指揮者)
- We Will Rock You (作詞・作曲:Brian May)
- Fly Me to the Moon (作詞・作曲:Bart Howard)
- Sound Celebration (作詞・作曲:Tom Gentry)
- Stand by Me (作詞・作曲:Ben E. King, Jerry Leiber & Mike Stoller)
- We Are the Champions (作詞・作曲:Freddie Marcury)
全曲無伴奏。最初と最後はQueenのヒット曲。間に挟まれた3曲はバーバーショップのレパートリーという紹介だが「Fly Me to the Moon」はジャズのスタンダードナンバーが原曲だし「Stand by Me」もベン・E・キングによるヒット曲(映画音楽と紹介されていたが、映画の主題歌に起用されたのは最初のヒットから四半世紀後)で、純然たるオリジナル曲は「Sound Celebration」のみ。その「Sound Celebration」はバーバーショップをたしなまない日本の男声合唱団にとってもすっかりスタンダードナンバーとなった。
親しみやすい曲ばかりということもあってか、実にいきいきした演奏だった。
なお、パンフレットには編曲者名のクレジットなし。
3rd stage
- 男声合唱組曲『そのあと』
- 作詩:谷川俊太郎/作曲:上田真樹
指揮:角田俊祐(学生指揮者)
- I. はる
- II. 大小
- III. 十と百に寄せて
- IV. 花と画家
- V. そのあと
前年に初演された無伴奏の組曲。既にスタンダードとして広まりつつあるし、今年2019年に混声合唱版も作られた。
皮肉がこめられた詩にはコミカルかつシニカルな音が付けられ、そうでない詩には抒情的な音が付けられ、上田真樹ならではの「うた」が奏でられる。そしてやはり上田作品は男声合唱と相性がいいことを改めて認識した。
演奏は実直そのもの。委嘱初演した首都大学東京グリークラブがあまり人数の多くない団体ということもあり、人数の問題は感じなかった。
4th stage:現役OB合同
- 男声合唱組曲『心平先生の四季小景』
- 作詩:草野心平/作曲:多田武彦
指揮:太田務
- I. 春
- II. 初物
- III. 夏
- IV. 庭
- V. 眠つてゐる
- V. 全く美しい
パンフレットの曲目解説まんなかへんに、次の段落がある。
本日演奏する組曲をなす6編の詩は、書かれた時代や収められた詩集もさまざまで、広く知られている作品ではない。多くのファンが草野に求めるスケールの壮大さもない。しかし、草野は万物に分け隔てなく、どんなに身近で微小なものにも宇宙を見て、感情が爆発すれば詩に昇華する。ここにこそ、草野の本質が表れているのである。
それを読んで思い出したのが、早稲田大学グリークラブが男声合唱組曲『北斗の海』を委嘱初演したとき作曲者が寄稿した曲目解説。「合唱音源デジタル化プロジェクト 山古堂 第15回 20回代の東西四連(第26回)」に転載されている。そこには多田氏が草野心平氏のお宅を訪ねた折《雑草のそばに、一つだけ咲いていた松葉ぼたん》のような《こうした人がかえりみない様な自然の寸景に感動される》心平の姿が綴られる。
ただ『北斗の海』発表後も、心平が日常の寸景に感動する詩に多田はほとんど曲を付けなかった。しいていえば『草野心平の詩から・第二』第4曲「岩手荒巻」くらい。21世紀に入って残された命に限りがあることを意識しだした多田にとって、そういう詩群を取り上げることが死ぬまでに解決しておきたい宿題のひとつだったのではなかろうか。その宿題の答えにあたる組曲が『心平先生の四季小景』といえよう。
タイトルの「心平先生」は距離感が近すぎるのではとも感じられ、若干ひっかかるものがある。だが、心平は作曲者が生で接した数少ない詩人であることを踏まえると、タイトルは詩人像の率直な表現として理解できるような気がする。
できあがった楽曲は、いかにも晩年の多田作品らしいサウンド。特に1曲目の「夕暮れ」あたりとか、終曲の6/8拍子(平成初期あたりから作曲者が好んで使うようになった拍子)とか。その模様がYouTube動画「多田武彦:心平先生の四季小景(委嘱初演)」として公開されている。
アンコール
- 年の別れ
- 作詩:堀口大學/作曲:多田武彦
指揮:太田務 - 柳河
- 作詩:北原白秋/作曲:多田武彦
指揮:角田俊祐(学生指揮者)
太田氏が振ったのは、上智大学グリークラブが委嘱した組曲『人間の歌』の終曲だった曲(現在は諸般の事情で「宮城野ぶみ」に差し替えられている)。歌詞はオリジナルのまま演奏された。
学生指揮者が振ったのは、タダタケ最初の組曲『柳河風俗詩』第1曲。太田氏も合唱に加わった。
2018年はこのあとリリックホールコーラスフェスティバルも聴きに出掛けたけれど、もはや忘却の彼方なのでリポート記事は書かないことにする。