「その1」では、木下氏の男声合唱作品リストをまとめました。
ここでは「木下氏による男声合唱作品の特徴」とせきが思うところについて書き連ねます。
いちおう男声合唱作品に絞ってるのは、木下氏の合唱曲のうち男声曲は何らかの形で接したことがあるのが4分の3前後なのに対し、他の編成については大阪ハインリッヒ・シュッツ室内合唱団が無伴奏作品を歌ったCD「祝福」を持っているのと何曲かの実演に接した記憶がある程度だからです。
ブレスコントロール能力が要求される
ご本人がしばしば自作の特徴として挙げることの一つにフレーズの長さがあります。大人数だとカンニングブレスで対処可能ですが、この裏ワザは独唱や少人数アンサンブルだと使えません。
さらに無伴奏作品だと休符が短いことが多く、瞬間ブレスが必須となります。
音域
各パートの音域は基本的に無理のない範囲で、Low-DだのHi-Bだのが出てくることはまずありません。五線譜から飛び出すような高音が出てくるときもファルセット指定を伴うことが多いです。
トルヴェールが練習中の「ロマンチストの豚」に至っては、トップテノールの最高音がヘ音(F4:実音が記譜よりオクターブ下な音譜の第5線)、ベースの最低音が変ろ音(B♭2:ヘ音譜の第2線)と、中高生でも支障なく歌えます。
ただ、主旋律は換声区を反復横跳びのように短時間に何度も行き来する音型が多いので、前述したフレーズの長さと相まって声楽的なハードルは意外に高いです。
ド・レ・ミ・ソ
木下氏ご自身のブログで、最新作のヴィオラ・ダ・ガンバ4重奏曲「空中庭園」について次のように書いておられます。
ヴィオラ・ダ・ガンバ・カルテットというのはあまり馴染みのない編成かもしれませんが、純正律系の響きがとても美しく融和してアカペラ合唱と近い雰囲気を持っています。もっとも今回私が書いた曲「空中庭園」(全2章)は不協和音だらけなんですが…。例によってピッチがぴしっと決まると不思議と良い響きがする、というタイプの曲です。
『不協和音だらけ』と『ピッチがぴしっと決まると不思議と良い響き』は、合唱作品にも当てはまる特徴といえましょう。木下氏は演奏を評価する際ピッチに厳しい発言が多いですが、これは氏の作品の特徴と密接につながっています。
いわゆる不協和音にも、セブンスコード、増三和音、減三和音など、さまざまあります。その中で木下作品で特徴的な和音は、ずばりナインスコードだと思います。特に男声合唱曲では決め所の和音にナインスコードを用いるものが目につきます。
ナインスコードとは、和音の根音をドとすると、ド・レ・ミ(もしくは♭ミ)・♭シ(もしくはシのナチュラル)・ソから成る和音です。ただ、木下作品では第7音(♭シもしくはシのナチュラル)が省略されることが多いようです。
「いつからか野に立つて」から実例を挙げると、第1曲「虹」の、冒頭でユニゾンから分かれた『と』のB・F・C・D(ド・ソ・レ・ミ)や最後の『だ』のG・A・H・D(ド・レ・ミ・ソ)が、典型的な配音パターンです。トルヴェールが合唱祭で歌う「光」最後の和音F・G・D(ド・レ・ソ)も一応ナインスコードですかね。
他の作品で印象に残りやすい箇所も挙げておきましょう。ド・ソ・レ・ミのパターンは「ティオの夜の旅」第1曲「祝福」曲尾など、ド・レ・ミ・ソのパターンは「真夜中」第1曲(表題曲)曲尾や「恋のない日」第6曲「噴水」曲尾などがあります。また「Enfance Finie」第1曲(表題曲)曲尾は、Top TenorがGで伸ばしている間に下3声が動き、最後の和音はF-durに第9音のGが重なる形になります。
外声のオクターブ進行
ここまでは混声合唱や女声合唱にもあてはまるはずの特徴ですが、男声4部合唱ならではと思われる特徴もあります。全パートが同じリズムで動く際、トップテノールとバスのオクターブユニゾン進行に挟まってセカンドテノールとバリトンが主に同音連打で歌うというものです。たまにド・ミ・ソ・ドやド・ファ・ラ・ドのような協和音が平行移動することもあります。
外声パートのオクターブユニゾンって和声学の教科書では禁則として扱われていますが、木下氏の男声合唱曲では時々登場します。たとえば「いつからか野に立つて」の「光」後半で多用されています。
こういう進行には、主旋律が強調されることと、主旋律の動きにかかわらずフレーズ全体の和音感が一色に塗り固められるという効果があり、それが独自の響きにつながっているように思います。