Unter dem Lindenbaum!
晩御飯を食べながら「世界陸上ベルリン」男子マラソンのTV中継を眺めていた。
実況のアナウンサーが、走路になっている当地のメインストリート「ウンターデルリンデン」と言ったのを耳にし、一瞬せきの頭の中に『さすらう若人の歌』終曲の一節が流れた。
「合唱アンサンブル.com」の中の人のメモランダム。当ブログの記事はあくまで私的発言で、係わりある団体や組織の見解を代表するものに非ず。
晩御飯を食べながら「世界陸上ベルリン」男子マラソンのTV中継を眺めていた。
実況のアナウンサーが、走路になっている当地のメインストリート「ウンターデルリンデン」と言ったのを耳にし、一瞬せきの頭の中に『さすらう若人の歌』終曲の一節が流れた。
『新しい歌〔改訂版〕』の出版譜を、やっと混声合唱版だけ入手。混声版を選んだのは、新潟ユース合唱団で練習している「うたを うたう とき」に使うから(旧版も持っているんですが、せっかくなので)です。
そんな事情もあり、当ブログで書きかけのままになっている連載『「新しい歌」をめぐって』、遠からず再開するつもりです。
改訂版で変更された箇所を列挙するのは作曲者・出版社に対する営業妨害になるので差し控えます。
ただし、『「IV. 鎮魂歌へのリクエスト」その2: ジャズとの関連』について、譜面改訂に伴い説明を補足しなければという箇所が1点あるので、それだけ追記しました。
昨日、第76回NHK全国学校音楽コンクール新潟県大会高等学校の部で、せきの母校である県立長岡高等学校(以下「長高」と略。ちなみにチョウコウと発音します)が金賞を獲得し県代表となりました。OBとしては嬉しい限りです。
せきが新潟県内でのアンサンブルコンテストやら合唱祭やら合唱コンクールやらとご縁ができて2年目。その中で驚いたことの一つが、長高の名前を見つけたときでした。
合唱部としてこの種のイベントに参加するようになったのはそう古い話ではないように思います。
せきが合唱界に足を踏み入れたのは二昔ほど前、高校1年のときで、大叔母の誘いを受けて地元の「第九」イベントに参加したのが始まりです。ここでは大学受験間際まで歌い続けました。
当時、長高に音楽部という部活はありましたが、合唱団として定常的な活動はしていなかったはずです。2年生か3年生のとき学園祭「和同祭」で音楽部以外のメンバーを含む有志が合唱団を組んで出場していましたが(せきは不参加)その程度。
文武両道を謳う高等学校ながらも、芸術の課外活動にはあんまり力を入れていなかったと記憶しています。
そういう環境を踏まえると、今回の長高合唱部金賞は大変な快挙なのであります。
(まして、フルート奏者として活躍する同窓の後輩・小山裕幾さんが長高在学中に日本音楽コンクールで第1位を獲得したことは、驚天動地レベルの出来事だったわけです)
長高合唱部が出場する関東甲信越ブロック大会は、9月6日、さいたま市の大宮ソニックシティ大ホールにて開催されます。河本隆吉先生のご指導のもと、県大会以上に充実した音楽ができますように。
一昨日に静岡県で、本日朝に八丈島で地震が起きました。
新潟県中越大地震と新潟県中越沖地震に被災したせきとしては、現地の模様を見るたび胸が痛みます。まあ、静岡については家屋倒壊が皆無なようで何よりです。
また、いまさらながら、先月下旬から今月初頭にかけ、中国・九州北部豪雨と名づけられた水害が起きました。
せきが住むところでは幸いなことに治水がしっかりしているので水害に遭ったことはないのですが、中越大地震の4ヶ月ほど前に南蒲原郡中之島町(当時。今は長岡市の一部)や三条市などで7・13水害というものが起きたことがあり、やはり身近な痛みを感じる災害です。
静岡はせきが立教大学グリークラブ現役4年のとき、混声の演奏旅行で伺ったことがあります。本番の会場は静岡音楽館AOIコンサートホールというところでした。
中国・九州北部豪雨の被災地だと、せきは立教グリー現役2年のとき、男声の演奏旅行で山口県岩国市に伺ったことがあります。
いずれの演奏旅行も覚えているのは楽しかったという感覚やステージでのハプニングなどぐらいではありますが、それでも由縁のある地なもので、災害のニュースを知ったときは驚いたものです。
個人的な思い出話はさておき、被災された皆様におかれましては、一日も早く元の生活を取り戻しますように!!
何日か前、検索エンジンで「山古堂」を探していて当ブログに来訪したと思しき人がいらっしゃいました。
それをきっかけに知ったのですが、「合唱音源デジタル化プロジェクト 山古堂」ブログが更新終了したのですね。
(「第27回 上海で一番音程が悪い山古堂主人と30回代の東西四連(第38回四連)」コメント欄より、6月22日20:38:44付けのコメント参照)
連載を通して多くの貴重な情報を頂戴しました。拙サイト「日本の絶版・未出版男声合唱曲」の参考にさせていただいたところも多々あります。
不肖せき、山古堂主人さんにご不快な思いをさせてしまったこともございます。ご迷惑をおかけする仕儀となったこと、いまさらながら、この場を借りてお詫び申し上げます。
個人的には、山古堂主人さんが倉敷赴任を終えたあと、端的にはせきが現役時代の学生合唱界(あちこちで断片的に触れられてはいるものの)についての記事にも不安と期待を抱いていたのですが……。
ちなみにわたくし、あの「雨」には新入生ゆえ参加できなかった代です。山古堂主人さんご出身の早稲グリでいえば、現在合唱指揮者として活躍中の西川竜太さんと同期にあたります。
せきが大学生になる前の、いわば「雲の上の大先輩」にあたる世代の音楽性については、現役当時中枢を担っておられたメンバーが大勢いらっしゃる立教のOB男声合唱団を通じて存じ上げている部分もあります。ただ、そうした先輩方の現役時代の演奏は、恥ずかしながら慶應ワグネル公式サイトの「山古堂音源」で初めて接したものも多く、その素晴らしさに感銘を受けたものです(同時に、おのれの現役時代が恥ずかしくもあります)。
ともあれ、いろいろなことを勉強させていただきまして、ありがとうございました。