【本サイト更新】2010/09/19 18:30

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「合唱アンサンブル.com」サイト本体を更新しました。更新内容は次の通りです。

えちごコラリアーズについて聞いてみた

えちごコラリアーズについて聞いてみた

去る8月7日、Fさんという人から当ブログにコメントの書き込みをいただきました。合唱指揮者・伊東恵司氏を音楽監督に招聘して「えちごコラリアーズ」という男声合唱団を立ち上げるので参加してほしいという主旨でした。当ブログのパソコン版サイドバーに貼りつけているFLASH「私信受付窓口」からメール送信ができなかった(iPhoneには対応してないらしい)がゆえの書き込みだそうなので、そのコメントは公開せず、参加希望というメール返信のみで対応しました。


えちごコラリアーズには結構な注目が集まっているようです。

Fさんからのコンタクトから1週間後、ツイッターにえちごコラリアーズという男声合唱団からお誘いをいただいたと書いたところ、予想外の反響がありました。

また、「合唱道楽 歌い人」ブログに8月28日付けで公開された記事「"コラリアーズ”の名称を付した男声合唱団」で同団のことが取り上げられました。「合唱道楽 歌い人」筆者氏が知ったのはせきのツイートとは別経路だったようですが。


8月29日、新潟県コンクール当日。

裏方スタッフが舞台撤収作業前だか後だかに集まっている場に、くだんのFさん(合唱団KKYのメンバーとして出場していた)が挨拶に来ました。せきはFさんの車で新潟駅まで送っていただくことになり、車中でいろいろ話をしました。

Fさんは信州大学卒で、在学中は信州大学グリークラブと信州大学混声合唱団に在籍していました。信州大学混声合唱団では伊東恵司氏の指揮で歌ったことがあり、今回そのご縁で伊東氏をお招きしたという経緯なんだそうです。Fさんと団内指揮者・tek310さんは軽井沢合唱フェスティバル2010で伊東氏にご挨拶したとのことで、伊東氏ご自身のサイト内「リンク集」で『一般合唱団(音楽監督)』にえちごコラリアーズのサイトを加えておられます。

団を立ち上げた動機は「男声合唱を通して、新潟県の合唱界に新風を吹き込みたい」といった感じ。

レパートリーの方向性としては、なにわコラリアーズが取り上げる傾向のもののうち、古今の定番日本人作品や、客席も歌い手も楽しいエンタテインメント系を軸に考えているようです。後者の具体例としては、信州大学グリークラブが伝統的に取り上げているアニメソングの編曲ものなど。なんだか男声合唱団トルヴェールとかぶりまくりのような気がしないでもないのですが……。

伊東氏が音楽監督として団にどれだけかかわってくださるかは、実際に活動が軌道に乗ってからの判断ということみたいです。Fさんは「伊東先生は熱意にきちんと応えてくださる先生。だから自分たちはいい加減なことはできない」と言ってました。


なお、えちごコラリアーズについての質問をせき宛にいただくことがありますが、当方には答えようがないです。「えちごコラリアーズ」公式サイトの「団員募集」ページに記載のメールアドレス宛か、「メール送信フォーム」経由で、Fさんまで問い合わせいただくほうが確実と存じます。


追記(2015年1月)

実名で書いていた登場人物のお名前を「Fさん」表記に変えました。また、えちごコラリアーズ公式サイトとして開設されていたウェブサイトが閉鎖されたため関連する記載を抹消したり、一部のリンクを外したりしました。

【本サイト更新】2010/09/04 11:30

【本サイト更新】2010/09/04 11:30

「合唱アンサンブル.com」サイト本体を更新しました。更新内容は次の通りです。

2010/08/29の日記(その2): 舞台袖から

2010/08/29の日記(その2): 舞台袖から

平成22年度新潟県合唱コンクールについての記録「その1」の続きです。前回は裏方として働いた話を書いたのですが、ずっと舞台袖で仕事していたので全出場団体の演奏が断片的ながらも耳に入ってきました。そこで感じたことをアトランダムに記します。



中学校や高校の部には、直前リハーサルを終えて舞台袖に集まると儀式をやる合唱団がいくつかあるのですね。たとえば、円陣を組むとか、エイエイオーと拳を突き上げるとか、ストレッチや柔軟運動をやるとか。

トップバッターの新潟市立宮浦中学校合唱部さんは、フォーメーション通りに並んでいる状態を活用し、指揮に合わせて歌うシミュレーション練習を声を出さずにやってました。

袖で待機中の場面は自分の所属する団体しか知らないので、興味深かったです。


中学校の部では、易しいとは言い難い曲を取り上げた割には基礎トレーニングの不十分さを感じさせる団が複数ありました。

オ母音がウっぽく聞こえたり、エ母音が平べったくて曲想と不釣り合いだったり(せきの出身団体でご指導くださった大久保昭男先生のボイストレーニングでは母音の発音を重視するので、そこいらが気になるのです)。

オクターブユニゾンのフレーズでオクターブがところどころ揃わない(原因は、他パートを互いに聴き合ってないことや、音域によって発声に不安定さが生じることなどのように見受けられる)団もありました。


高校の部では、捨てるかのようなブツ切りでフレーズを収める団が目につきました。主に課題曲でF2を選んだところです。


理事長賞を獲得した敬和学園高等学校混声合唱部の演奏に対し進行担当一同が目を丸くしてました。せきも白眉と思いました。

最後「eleison」と連呼する個所で子音「s」を飛び出して発音した人がいたように聞こえたのが惜しかったですけど。

関東大会ではさらに練りこんだ演奏が期待できそうです。


課題曲G3「風」冒頭部。高校団体はマルカートで演奏する団ばかりだったのに対し、大学・一般団体ではレガートさを取り入れた団ばかり。

前者はドイツのリーダーシャッツ的に、後者はフレーズを歌おうという雰囲気が漂うように聴こえ、がらっと印象が変わるのが面白かったです。せきの好みは前者かな。


今年も箕輪久夫先生は大車輪。新大室内合唱団、合唱団Lalari、レディースクワイヤJune、アンサンブル・ロゼの4団体を指揮しました。

LarariとJuneは演奏順が連続していたため、Juneの直前リハーサルは箕輪先生不在で行われたようですが、それでも金賞(関東大会進出は逃したものの)を獲得したJuneはさすがです。


ちょっと前にツイッターで書いた話題。出演した指揮者の中に、キュッキュと靴底をきしませて舞台袖を歩く先生がいらしゃいました(個人攻撃したくないので特に名を秘す)。舞台袖のような音を立ててはいけない場で足音を立てること自体がマナー的によろしくないし、自分の立てる物音に配慮しないのって音楽演奏者としていかがなものかと思います。他山の石としてせきも気を付けねば。


表彰式の審査員講評で岸信介先生が「レパートリーが偏りすぎているのではないか?」とおっしゃってました。昼食中のおしゃべりで、受付だか会場係だかを担当した女性スタッフが口をそろえて「自由曲、懐かしい曲ばかり」と言っていたのを思い出しました。



メモを取ってる余裕なんてなかったので記憶に頼って思い出し思い出し書いてますが、4日も経つと忘れてることが多いものですね……。

2010/08/29の日記(その1)

2010/08/29の日記(その1)

平成22年度新潟県合唱コンクール 於 新潟県民会館に、男声合唱団トルヴェールからの協力という形で、裏方として参加。

集合は朝8時半。家を出たのは朝7時過ぎ。肉体労働ということはわかっていたので、マイカー移動だと帰りや翌日がしんどかろうと判断し、7時50分着の新幹線で新潟入り。事前に予習したところでは新幹線と路線バスとの接続がいまいちらしいということで遅刻を覚悟していたのだが、予習ではデータが得られなかった朝8時発の便があるおかげで、ちょうどいい時間に県民会館に集まることができた。

せきは「進行」という役割を仰せつかった。このグループはチーフの舞台監督を含め計5名。本来は倍以上の人数でやるものらしいが、人手がどうにも手配できなかった由。

進行の人々が最初にやったのは舞台設営。山台は舞台の下に収納してあり、セリ(これが県民会館に仕込まれているなんて初めて知った)で舞台下におりて運搬、組み立て。途中から誘導の女性スタッフ諸氏が手伝ってくださったが、やはり人数が少なくてしんどかった。次いで、2階席で、時間がない中、審査員席の設営。

コンクール本編最中の仕事は譜面台・指揮台を運んだりピアノのふたを開け閉めしたりで、自分はピアノ周りの担当。だが、無伴奏曲しか演奏しなくとも歌い始めの音取りにピアノを使う団があるので、後半ずっと無伴奏曲ばかりになっても動き回っていた。

演奏終了後、審査員の先生方が協議している間、舞台は緞帳を下ろしてその裏で山台バラシと表彰式のセッティング。時間との戦いなんですね。

新潟県民会館は17時50分完全退館ということで借りていたため、閉会式終了後、大急ぎで撤収。そして解散。出演者・審査員・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。

せきがこういう舞台設営や運搬をするのは大学1年以来だと思う。やる機会が少なかった仕事ということもあり、面白かった。