昨年の第64回に引き続き、六連こと東京六大学合唱連盟定期演奏会を聴いてきた。
今回もS席。立教グリー現役のOBOG売りで購入したチケットで、同じ列には先輩ばかり。
エール交歓
明治、フレーズ作りがとてもレガート。声質が軽い。昨年はトップテノールの発声に不安を感じたけど、今年はギリギリ許容範囲だったと思う。
立教、申し分なし。単独ステージが期待できる。
慶應、テンポの動かし方に意志が感じられる。
法政、終盤のDes-dur 10度がきちんとハモったのは初めて聞いた。今回もエールと合同演奏のみの出演、来年度は単独ステージが持てますように。プログラムの団紹介には3名しか名前がないが、エールは8名での演奏。助っ人を入れるなら新入生を使うケースが多いが、それにしてはとてもサウンドがまとまっていたのでオヤと思った。同団公式サイト内のブログを確認したところOBが4名加わったとのことである。パンフレットでは全く触れられていないが、同団は今年度から蓮沼喜文氏(数年前よりフリーの合唱指揮者。かつては教師で埼玉栄高等学校コーラス部を指導していた)を常任指導者に迎えている。その成果が早くも表れ始めたような感じ。なお、パンフレットでは顧問指揮者として田中信昭氏のお名前があった。
東大、まともなウ母音は今年も継続。サウンドも安定。
早稲田、堅実なアンサンブル。
第1ステージ:明治大学グリークラブ
- 男声合唱曲集『恋のない日』
- 作詩:堀口大學/作曲:木下牧子
指揮:佐藤賢太郎
- 流星
- 夢への招待
- 恋のない日
- 隕石
- 秋の夕
- 噴水
佐藤氏が作曲家として書いた作品と木下作品は和音の繊細さに相通じる要素があるように思う。そんなわけで、ハモらせ方は堂に入ったもの。特に終曲の終止和音(『いつからか野に立つて』第1曲「虹」と同じ和音で終わる)は、この曲が作られた1990年代後半では考えられなかった。
Ken-P+明グリが組むようになってから、ふだん視覚的演出を施さない楽曲を演奏する際も、一部楽章でフォーメーションを変えたり動きを加えたりするようになった。今年は第2曲で少々。
作曲者ご臨席のもとでの演奏。ステージのあと客席の木下氏が紹介された。木下氏はこのステージのあと早々に退席。
昨日は東京六大学定期へ。次の用事があってとんぼ返りになってしまいましたが。「恋のない日」は意外に技術的に難しいのですが、明大グリーは繊細な表情の変化をしっとり聴かせてくれました。指揮くださった佐藤賢太郎さん、合同指揮の田中豊輝さんら若手リーダーの皆さんにもお会いできました。
— 木下牧子 (@KinoshitaMakiko) 2016年5月5日
第2ステージ:立教大学グリークラブ
- 男声合唱組曲『草野心平の詩から』
- 作詩:草野心平/作曲:多田武彦
指揮:高坂徹
- 石家荘にて
- 天
- 金魚
- 雨
- さくら散る
昨年に引き続き、細部まで目配りが行き届き練りこまれた演奏。せきが現役4年生のとき男声定期演奏会の学生指揮者ステージで歌った組曲だが、できばえは格段の差(もちろん今回のほうがはるかによい)。
バスパートの声が立教の伝統にない重めなトーン。委嘱初演団体である慶應ワグネルの録音に近い。曲想に合わせてあのような声質で歌ったなら凄いけれど、真相やいかに。
テノールについても安定感抜群の発声。立教大学グリークラブOB会の公式サイト管理者による「ポールのブログ」を読むと、今年度からテノール歌手の小貫岩夫氏をボイストレーナーに迎えたとのこと。小貫氏は既に同志社グリークラブ(出身団体)、関西学院グリークラブ、慶應ワグネルでも指導しておられる。この3団体はかつて大久保昭男先生がボイストレーナーを務めておられたが、同志社グリーは今世紀初め頃に、関学とワグネルは近年になって指導者でなくなった。立教男声についてはパンフレットの団紹介ページで大久保先生の名前を載せているが、ふた昔前に私が現役だったあたりから健康上の理由でお仕事を減らし始めておられたからなあ……。
なお、現役男声の演奏会を生で視聴できるのは恐らく今年度では唯一。グリーフェスティバルは別の本番と、男声定期演奏会はオペラの練習と重なっているので残念ながら行けない。
第3ステージ:慶應義塾ワグネル・ソサィエティー男声合唱団
- “ONE VOICE-Live: A Cappella-“
- 構成・指揮:仲光甫(Steve/jammin’ Zeb)
- Great Day
- Sheanandoh
- Ob-La-Di, Ob-La-Da
- This Is The Moment
- A Tribute To World Peace
バーバーショップスタイルでのステージ。いわゆるワグネルトーンは抑えられ、軽快なパフォーマンスで会場の空間を支配した。今年の東西四連は合同ステージでバーバーショップを歌うそうで、ワグネルにとってはこの種の演目の比重が高い年度になりそう。バーバーショップ・カルテット1992年度国際チャンピオン「Keepsake」メンバーで、東京バーバーズの客演指揮者/特別コーチとして来日したRoger Ross氏の技術指導を受けたとのこと。
『A Tribute To World Peace』は、「Let There Be Peace On Earth」「One Voice」「One Song」の3曲から成るメドレー。
指揮者の仲光氏はワグネルの学生指揮者だった人。立教大学グリークラブOB男声合唱団の練習を見学に来たことがあって(確かOB六連『唱歌の四季』のときだったような)そのとき顔を合わせて少々しゃべったことがある。
第4ステージ:東京大学音楽部合唱団コールアカデミー
- ルネサンスの巨匠 ジョスカン
- 作曲:Josquin des Prez
指揮:有村祐輔
- El Grillo(コオロギ)
- Baises May(キスして)
- De Profundis Clamavi ad Te(深い淵の底から)
- Jubilate Deo, Omnis Terra(神をたたえよ)
伝統の、カウンターテナーを用いたルネサンスもの。前半2曲は世俗曲、後半2曲はモテット。
長らく少人数アンサンブルのスタイルによる演奏ばかり目にしてきたが、今回はかなり合唱っぽかった。
そういえばエール含めてここまでずっと無伴奏。でもバリエーションが楽しめて飽きない。
第5ステージ:早稲田大学グリークラブ
- 男声合唱のためのミュージカル『負け犬戦隊ルーザーズ』委嘱初演
- 作詞・脚本・演出指導:横山清崇/作曲・ピアノ:久田菜美
ギター:成尾憲治/パーカッション:森拓也
指揮:小林昌司(学生)
- M1「ゆけ! ギンガマン」
- M2A「オニガシマン」のテーマ
- M2B「ユーレイジャー」のテーマ
- M2C「重機ファイブ」のテーマ
- M3「ルーザーズ」のテーマ
- M4「ギリギリのラプソディー」
- M5「進めルーザーズ」
近年の伝統だった演出ステージに戻った。ただ従来は既存楽曲のアレンジものだったが、今回は書き下ろしによる新作オリジナルミュージカル。
子ども向けヒーロー番組を作っているテレビ局のプロデューサーとディレクターと脚本家が新シリーズの企画を考える話。合唱団は各番組・企画のテーマ曲を歌ったり、視聴者の声を演じたり。これダメだろというアイディアを出していくのはNHK総合「ケータイ大喜利」や鉄拳のフリップネタ「こんな○○はイヤだ」に通じるものがある。結果、逆転の発想ということで、既存のヒーロー像「強い、カッコいい、立派」と真逆な5名から成る企画「負け犬戦隊ルーザーズ」が制作されることになった。ルーザーズを紹介するくだりを見て、福田雄一氏の企画・脚本・監督による映画「女子ーズ」をせきは思い起こした。「女子ーズ」は協調性に難がある以外は普通の女性5名による戦隊ものだが、ルーザーズはパンフレットの作品紹介文で「ダメ人間」と記されている点「女子ーズ」より極端。
お話はコメディとしてよくできていたし、いかにもヒーローものっぽい楽曲は男声合唱の特性を生かしていたし、演奏もちゃんとしていたし、いろいろ堪能した。
あえて苦言を呈するなら、セリフ回し。ノーマイクなのはさすがだが、会場が響き過ぎて口跡のクリアさが損なわれてしまい2階席だと時々何をしゃべっているか聞き取りづらかった。セリフのテンポを落とすなり、ディクションを工夫するなりしたほうがよかったのでは。
第6ステージ:合同演奏
- 男声合唱組曲『心の四季』
- 作詩:吉野弘/作曲:高田三郎/編曲:須賀敬一
指揮:田中豊輝
ピアノ:川井敬子
- 風が
- みずすまし
- 流れ
- 山が
- 愛そして風
- 雪の日に
- 真昼の星
本編の選曲は「詩や言葉に寄り添った作品をぜひ一緒にやりたい」「もしかしたら、若い世代が経験したことのない音楽作りを提供出来るのではないかという思い」という指揮者の意向によるとのこと。須賀氏の編曲による高田作品は1990年代後半に早稲グリが積極的に取り上げていて、その演奏会の一つに須賀氏が「高田作品は大学生にこそふさわしい。どうして大学合唱団は高田先生に委嘱しないのだろう」という趣旨のことを寄稿しておられたのを思い出した。
演奏は、歌唱を通して、詩で描かれた自然のひとこまひとこまを描くという趣。個人的には高田作品というとストイックさとか極度に張りつめた緊張感とか鬼気迫るとかいったものを求めたくなるところだけれど、そういう方向性ではなく、どちらかといえば繊細で柔和なもの。特に「流れ」の瑞々しさにハッとさせられた。そして同じ8分の12拍子でも「雪の日に」とは色合いがまったく異なって聴こえたのも素晴らしい。
アンコール:合同演奏
- くちびるに歌を
- 作詩:Caesar Flaischlen/訳詞・作曲:信長貴富
指揮:田中豊輝
ピアノ:川井敬子
本編終了後、田中氏がマイクを取り、アンコール曲の紹介を兼ね、やや長めのスピーチをした。ご自身は福島県の出身で仙台にも縁があってとか、東日本大震災に被災した小学生に嬉しかったことを尋ねたら「朝が来て太陽の光を見ることができた」と答えたとか、仙台で指導している合唱団(団体名を出していたかどうか記憶が定かでないが、グリーン・ウッド・ハーモニーのことかな?)が本震から3週間ほど経って練習を再開した折の話を経て、どんなときにも歌うことを忘れたくないものだということで、学生が提案してきたこの曲にしたというスピーチだったような。
スピーチ終盤では高田作品のあとに「くちびるに歌を」という組み合わせに抵抗のある聴衆もいらっしゃるだろうと気にしておられた。実は須賀氏編曲による男声合唱版『心の四季』と『くちびるに歌を』はどちらも東海メールクワィアーが委嘱・初演したという共通点があり、しかも同団の今年の定期演奏会では両方の曲がプログラムに載っていたりするわけで、まったく奇異な組み合わせではない。むしろ奥底に流れる熱量には相通じるものがあるのではとせきは思っている。このことをツイートしたら田中氏の目に留まり、以下のような反応をいただいた。
なるほど!両方東海メールだったこと…気付いてなかった^^; https://t.co/i8iCgxxWqY
— 棒振り (@bouhuri) 2016年5月5日
演奏は熱のこもったもの。ついウルッときたのは齢のせいだけではあるまい。
末筆ながら、出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。