43歳の誕生日、「アラウンド・シンガーズ ファイナルコンサート」を聴きに日帰りで上京してきた。
アラウンド・シンガーズは北村協一先生が立ち上げた男声合唱団。大学在学中から10年近く北村先生にご指導いただいた者の端くれとして、アラウンド・シンガーズ最後という演奏会へは是非とも足を運びたかった。
チケット入手は難儀した。わが出身団体である立教大学グリークラブOBが19名この演奏会に参加していたのでそちらルートでチケットをお願いするのが早道なのだが、諸先輩とは普段コンタクトを全くとっておらず、例年は現役の定期演奏会やOB会総会でお目に掛かるものの昨年はオペラ「てかがみ」の稽古と立教グリー関係の各種行事が重なりまくったため機会を逸してしまった。結局、法政大学アカデミー合唱団OB会ツイッターアカウントの中の人に手配をお願いした。年末年始で既にほぼ完売という状況下だったが、よい響きで聴ける真正面の席を用意してくださった。この場を借りて御礼申し上げます。
長岡駅10時39分発の上越新幹線に乗り、東京駅で都バスに乗り換え、晴海トリトンスクエアへ。都バスの乗り場(昨年秋移転)を探すのに時間がかかりバスを2本ほど逃してしまった。
晴海トリトンスクエアは初めて行く場所。3階のラーメン屋で昼飯をいただき、晴海トリトンスクエア内4階にある第一生命ホールへ13時45分くらいに到着。
第一ステージ
- 男声合唱組曲『アイヌのウポポ』
- 作曲:清水 脩
指揮:太田 務
北村先生の指揮で広く知られるようになった曲(北村先生が初演指揮者と思い込んでいる人もいるようだが、間違い)というのが選曲理由のひとつであろう。アラウンド・シンガーズは2005年のアメリカ演奏旅行で組曲全曲を取り上げた。また、第1曲「くじら祭り」は1996年の第3回コンサートおよびその直後に行われたアメリカ演奏旅行でも取り上げられた。
太田氏の指揮は、北村サウンドに民族音楽ならではの土俗性を加えたもの。隅々まで目配りがなされていることは第1曲の「フンボエ」フレージングなどから窺い知ることができた。テンションが高まっていくあたりからは荻久保和明氏の指揮を連想した。
今回の出演メンバーは1980年代卒団にあたる世代、すなわち50歳台半ば過ぎの人が大半を占めていたはず。にもかかわらず歌声もハモりも現役時代と遜色がなく、凄い!!
ただ、ところどころ用いられるテノールパートのファルセット(ソリによる鳥の鳴きまねではなく)が聞くに堪え難い代物であった。声はカサカサというか老衰というかで艶がないし、ところどころ音が割れてもいた。ファルセットは高齢になるほど難しい。日頃からファルセットのトレーニングをしていればカール・ホグセット氏みたいに70歳を超えてもカウンターテノール歌手活動をするようなことが可能なのだが、そうでない人が大半だったはず。意図は分からなくもないけれど、主にこの一点において現在のアラウンド・シンガーズにとって『アイヌのウポポ』は選曲ミスだったという印象である。組曲全曲で1ステージやるなら、1996年の第3回コンサートおよびアメリカ公演でも演奏された間宮芳生作曲『男声合唱のためのコンポジション第三番』のほうが好適だったのでは。
第二ステージ
- 系譜 〜アラウンドセレクション〜
- 柳河
(『柳河風俗詩』第1曲/作詩:北原白秋/作曲:多田武彦/指揮:篠崎新一) - 石家荘にて
(『草野心平の詩から』第1曲/作詩:草野心平/作曲:多田武彦/指揮:竹田津 豊) - Set Down, Servant!
(Spirituals/編曲:Rober Shaw/指揮:広瀬康夫) - 白鳥
(作曲:Charles Camille Saint-Saens/編曲:林 雄一郎/指揮:藤森数彦/ピアノ:前田勝則) - 巡礼の合唱
(歌劇『タンホイザー』より/作曲:Wilhelm Richard Wagner/指揮:仲光 甫/ピアノ:前田勝則) - 秋の歌
(フランスの詩による男声合唱曲集『月下の一群 第1集』より/作詩:Paul Marie Verlaine/訳詩:堀口大學/作曲:南 弘明/指揮:高坂 徹/ピアノ:前田勝則) - 故郷
(男声合唱のための唱歌メドレー『ふるさとの四季』より/作詞:高野辰之/作曲:岡野貞一/編曲:源田俊一郎/指揮:山田真也/ピアノ:前田勝則) - 上を向いて歩こう
(作詞:永 六輔/作曲:中村八大/編曲:源田俊一郎/指揮:山田真也/ピアノ:前田勝則)
アラウンド・シンガーズが折々に取り上げてきた曲によるオムニバスステージ。どの曲もさすが盤石の演奏であった。
「石家荘にて」演奏後、女性のMCが登場。ステージ上で「ミヤセマユコです」と名乗るのを聞いて驚いた。こういう演奏会にフジテレビ出身のフリーアナウンサー・宮瀬茉祐子さんが出演するとは。実績からいって各種印刷物にお名前を載せるべき人なのだが、パンフレットにも紹介がない。本番間際になって出演が決まったのであろうか。
宮瀬さんは2〜3曲おきに登場し、各指揮者や主要メンバーの皆様にインタビューをしていた。内容は、演奏曲目の思い出話や北村先生・畑中良輔先生のお人柄についてなど。ピアニストの前田先生が披露したエピソード「北村先生からは『エナメルの靴は靴下に入れると持ち運びやすいし、靴を取り出す時に靴下で磨かれてピカピカになる』『崎陽軒のシューマイ弁当はハズレがない』などと教わった」は客席大うけであった。
『柳河風俗詩』は最初の演奏会で歌い、のちレコーディングもした組曲。畑中先生は「柳河」を作曲者の指定よりもゆっくり指揮し、このたびのステージでも畑中スタイルに近いテンポで演奏された。
『草野心平の詩から』は1997年の第4回コンサートで北村先生の指揮により取り上げられた。このたびのステージでも北村スタイルに近い演奏。余計なことだが、第4回コンサートの東京公演での『草野心平の詩から』は崩壊同然で「百戦錬磨の合唱人が集まってもこういう演奏になるのか……」と唖然としながら聴いた覚えがある。
「Set Down, Servant!」は1998年の第5回コンサートだか2003年の第6回コンサートだかで演奏された曲。北村先生とっておきのレパートリーだったという。
「白鳥」は、『動物の謝肉祭』途中に出てくるチェロとピアノのための曲を男声合唱とピアノに編曲したもの。畑中先生のレパートリーのひとつで、アラウンド・シンガーズは第3回コンサートや第5回コンサートなどで演奏した。余談ながら、藤森氏のかつての令夫人は立教グリーOBで私の1年先輩(つまり名島啓太氏と同期)にあたり、そのご縁で氏と少しばかり挨拶などしたことがある。
「巡礼の合唱」は第3回コンサートおよびアメリカ公演で取り上げられた。指揮者の仲光氏については昨年の第65回六連についての記事で触れた。
「秋の歌」は1994年の第2回コンサート、北村先生のアンコール曲。せきはこの曲を2001年の立教大学グリークラブOB男声合唱団第1回リサイタルで高坂氏の指揮により歌った(「いづる」のd-mollは今も忘れられない)。15年ちょっと前の当時と比べると、フレージングやテンポ感が濃厚になったような気がする。
「故郷」は2005年のアメリカ公演本編およびレセプションで、「上を向いて歩こう」は同公演のアンコールで歌ったとのこと。北村先生は翌年3月で逝去したため、アラウンド・シンガーズが北村先生と演奏した最後の曲にあたるという。せきが立教グリーOB男声に参加していた当時、山田氏が遊びにいらしたことが何度かあって、そこで酒席をご一緒させていただいたことがある。また、せきが唯一アラウンド・シンガーズに参加した2001年「おさの会 歌創り50年記念コンサート」の『おとこはおとこ』では、山田氏が練習指揮者を務めておられた。
第三ステージ
- 男声合唱組曲『わがふるき日のうた』
- 作詩:三好達治/作曲:多田武彦
指揮:佐藤正浩
アラウンド・シンガーズでは終曲「雪はふる」が第4回コンサートのアンコールで演奏されたのみ。
今回のコンサートでは白眉というべきステージだったと思う。
しばらく、北村先生のスタイルに沿った演奏かなと思いながら聴いていた。先入観が覆されたのは第4曲「木兎」、「そうだ」で何か表現しようとしていることに気づく。第5曲「郷愁」はさらに強烈、フレージングが自在。第6曲「鐘鳴りぬ」も終盤まで緊張感が持続していた。楽譜通りにやると客席は第3〜5曲で居眠りし第6曲冒頭で叩き起こされる展開となりがちだが、佐藤氏のエネルギーが炸裂したため刺激に満ちた演奏だった。なお「木兎」から「鐘鳴りぬ」の間は曲間の音取りなしで進められた。
アンコール
- 春を待つ
(男声合唱組曲『雪明りの路』第1曲/作詩:伊藤 整/作曲:多田武彦/指揮:佐藤正浩) - 秋のピエロ
(男声合唱組曲『月光とピエロ』第2曲/作詩:堀口大學/作曲:清水 脩/指揮:太田 務) - 上を向いて歩こう
(作詞:永 六輔/作曲:中村八大/編曲:源田俊一郎/指揮:山田真也)
「春を待つ」はパートソロの受け渡しまで目配りの行き届いた曲作り。
「秋のピエロ」はド定番ながら、きっちり整えられた曲作り。
「上を向いて歩こう」は無伴奏。後半、歌い手がハグしあったり、舞台から降りて客席を囲みだしたり。「お開き」にふさわしきエンディングであった。
末筆ながら、出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。そして創立から25年間お疲れ様でした。