一昨年3月1日以来1年9か月ちょっとぶりに新潟県外へ出かけ「うたいびとの忘年会2021(2021年12月30日時点でのアーカイブ)」なるものに参加し、たいへん刺激を受けてきた。
本記事は、さん付けもしくは敬称略で記す。忘年会と称するイベントの記事を年始に公開するのは我ながらいかがなものかとは思うが、ご勘弁を。
「うたいびとの忘年会」とは、丸一日ホールを借り、合唱愛好者たちが各所から集まって1曲50分の枠で様々な合唱曲を歌う一期一会の企画イベントである。もともと「一度きり合唱団」という単発プロジェクト系公募合唱団が忘年会と称して開催したイベントが源流だったはずで、主催が変わり名称が「うたいびとの忘年会」になってからは2019年以来2度目。
前回は興味あったけど当方の都合がつかず泣く泣く参加を断念したので、今回はぜひとも伺いたく思っていた。とりあげる5曲のうち無伴奏の2曲「うたをうたうのはわすれても」「どのことばよりも」は合唱団Lalariで演奏経験があったということも参加動機の一つ。
会場は、横浜市磯子区にある磯子公会堂。参加メンバーは24名くらい。
当日は朝4時40分に起床し、上越新幹線の始発に乗った。事前に調べたところだと9時半頃の到着予定ということだったのでそのように連絡していたが、乗り継ぎがスムーズにいったおかげで9時15分くらいに現地入り。ちょうど自己紹介タイムが始まるところだった。
面識のあるメンバーは午後の部で指揮する山脇卓也さん(「Tokyo Cantat 2015」後の宴席で知り合って以来、演奏会ロビー等で会うと挨拶する間柄)だけかなと思っていたが、いっぺんデメテル・コロディアでご一緒したことのある森雄太さんもいらした。その他、ツイッターでつながりのある方々が何名か。
自己紹介タイムのあと、各人で体操をしてから、ウォームアップに山脇さんによるリップトリルや子音[z]唱を多用した発声練習。ただ途中で男メンバーが山台だか平台だかの設営作業に移ったため一時中断、そのあいだ設営に参加しないメンバーは歓談タイム。発声練習再開後はスパルタモードでとのことだったけど皆さんディレクション通り声を出してたっけ。
10時になり一同は舞台上に移動し、谷郁さんが指揮者を務める午前の部がスタート。取り上げたのは、混声合唱とピアノのための組曲『夢の意味』第1曲「朝あけに」(林望作詩/上田真樹作曲)と、2020・2021年度Nコン高等学校の部の課題曲「彼方のノック」(辻村深月作詩/土田豊貴作曲)。
いずれの曲も、ピアノに合わせてのリズム読み練習が印象的だった。私が経験したリズム読みといえば音取りの初期段階で音高と歌詞を結びつける前段階として行われるものばかりだったが、ここでのリズム読みはフレージングのためのディクションをまとめる手段として用いられた。ヨーロッパ言語では譜面上のリズムや拍節が歌詞のディクションと不可分に作曲されている楽曲ばかりだが、日本語はその結びつきがヨーロッパ言語に比べると緩いため楽曲に於いて音の高低や楽典上の強拍弱拍がテクストと一致しないことがざらである。そこで、歌唱上の発語をテクストに近づけるために、声のピッチ以外は譜面通りに演奏する(=ピアノに合わせてのリズム読み)という練習をおこなった。こういうリズム読みの活用法があるのかと目から鱗が落ちる感じだったし、実際に効果絶大だった。
あと、要所要所の和音を整理したり、ピアノを含む各パートとの関係性を確認したり。
谷さんの指揮および指導は明快。バトンテクニックから「ああ、こういう方向に音楽をもっていこうとしているのだな」ということが汲み取れた。ワンポイント指導のあと身体の動きを見て意図を再確認したこともしばしば。目や眉から読み取れる情報(鼻から下は不織布マスクで覆われていたので不明)もたくさんあったような気がする。あと、午後の山脇さんもだが、場面に応じて合唱団を遠慮なく褒めていた。
ピアニストは「朝あけに」が伊藤那実さん、「彼方のノック」が薄木葵さん。お二人とも共演者として実に的確なアンサンブルをしていたと思う。紹介された際、ご両人ともお名前でなく「ピアニストです」と名乗った。キャラクターなど相通じるものがあるのかもしれない。ただ、音色は個性の違いがあるかも。極私的印象だと、伊藤さんはどちらかというと求心力のある音で、薄木さんはどちらかというと外向的な音だったように聴こえる。余談ながら、薄木さんのピアノ演奏は、信長貴富作曲『新しい歌』(組曲全曲)あたりと相性がよさそう。
ほぼ予定通りのタイムスケジュールで昼休みに入る。私は駅に向かう途中にリサーチしておいた飲食店の状況を踏まえ、松屋で牛めしをいただいた。
会場周辺は飲食店が少ないことなどあって予定の昼休み終了時刻になっても人が揃わず、山脇さん指揮による午後の部は若干遅れてのスタート。だが、「岸田衿子の詩による無伴奏混声合唱曲集『うたをうたうのはわすれても』」表題曲(津田元作曲)、混声合唱組曲『ティオの夜の旅』第2曲「海神」(池澤夏樹作詩/木下牧子作曲)、「どのことばよりも」(牟礼慶子作詩/森山至貴作曲)、いずれも想定外というべきアップテンポで練習が進み、結果として予定より20分ほど早い終了となった。
山脇さんの指導は、歌い手・聞き手の生理を大切にしつつ、譜面上の約束事や作曲者の狙いを咬み合わせていくタイプのもの。午前の谷さんをドSなどといじりつつ更にハードな要求をするということもあった。時折挟まる小ネタから、山脇さんが私とほぼ同年代(私が2学年ほど高齢)で同じ六連出身(山脇さんは早稲田大学グリークラブ出身、私は立教大学グリークラブ出身)ゆえバックボーンを共有するところがいろいろある点に気づいた。
「うたをうたうのはわすれても」は、合唱団Lalariで取り組んだとき、なかなか音が難儀な曲という印象を抱いた。だが「うたいびとの忘年会」メンバーは音の難儀さを乗り越えており、山脇さんによる練習でピッチについては要所で男声の完全1度、完全5度、完全8度のハーモニーをブラッシュアップする程度。
「海神」の練習に於いては、この曲が組曲にしめる位置づけを再確認するという名目で、第1曲「祝福」と第4曲「ローラ・ビーチ」も歌った(第3曲「環礁」と第5曲「ティオの夜の旅」はエネルギーの消耗が激しいという理由で取り上げず)。事前に予告がなかったのでほぼ初見状態での演奏になったが、止まりも破綻もせずちゃんと演奏できたことに吃驚。そういえば山脇さんは10月10日に行われた「合唱団お江戸コラリアーず 第20回演奏会」で男声合唱版『ティオの夜の旅』組曲全曲を取り上げたばかりであった。
「海神」のピアニストを務めた久保寺恵太さんは、メンバーの一人として一緒に音楽を作り上げていこうというスタンスに見受けられる。休憩中など「ティオの夜の旅」表題曲などを弾いておられ、それが「海神」練習時に「祝福」と「ローラ・ビーチ」を歌う遠因となったような。運営スタッフとか録音・撮影とかも兼ね、八面六臂の大活躍。なお、この人の喋り口調から、立教男声の後輩で山脇さんの同期にあたる代の学生指揮者をどことなく思い出した。
「うたをうたうのはわすれても」「どのことばよりも」の無伴奏曲では、けっこう濃密にテンポを動かしていた。指揮者を伴うアンサンブルならでは。テンポを揺らす理由説明から、山脇さんの指揮法の師匠である北村協一の影響を私は感じ取った。
舞台上の山台だか平台だかを一同で撤収したのち、16:20頃に解散。私は予約していた新幹線の都合もあるので早々に家路についた。
念のために註釈。今回では全編を通じ、参加者一同が不織布マスクを着用した。入場時の検温や手指のアルコール消毒などが義務づけられ、退館するときは休憩中などに使った客席や手すりや楽屋の拭き掃除が行われた。
このような感染症対策を施した上のイベントではあるが、本当のイベント終了は潜伏期間といわれる約半月が無事に過ぎてからかな。