声楽(独唱・斉唱・重唱・合唱)では、しばしば「発語」なるテクニカルタームが出てきます。発声・発音と並ぶ概念です。
意味は「語を発する」→「聴き手に言葉を伝える」ですが、その演奏上のアプローチ方法は演奏者・指導者や作曲家によって多種多様らしいことが、十余年の合唱経験でわかってきました。せきが知る限りを列挙してみます。
一つは、逐語的な表現によるアプローチです。
たとえば歌詞に「よろめく」という単語が出てきたら、その部分で、息も絶え絶えっぽい音色を使ってみたり、引きずるような感じでテンポを遅くしたりとかいうことです。
さらには、たとえば歌詞に「笑う」という単語が出てきたら、程度は大笑い・中笑い・小笑いのどれに近いかとか、どのような性質の笑いなのか(この例については、たとえば『「笑」で終わる国語辞典一覧 – goo辞書』が参考になるのでは)とか、なぜ歌詞の登場人物は笑っているのかとかいったことを考察し、演奏表現に反映させるということもなされたりします。
一つは、フレージングにおける句読法によるアプローチです。
そこには「文節・単語の先頭を際立たせることで、文節・単語のまとまりを聴き手が認識しやすいようにする」ということが含まれますが、これについては2種類に大別されるようです。
- フレーズ内で強弱や濃淡を加減し、文節・単語の先頭を拾う(つかまえ直す)こと + 語尾を抑えること
- 語尾と後続する文節・単語の間で、カンマを挿入するかのように、ごく短い切れ込みを入れること
せきが合唱団員としてかかわった指揮者だと、北村協一先生や箕輪久夫先生はA、田中信昭先生や松原千振先生はBのメソッドをお使いでした。また、栗山文昭氏はBのメソッドをお使いだと、とある本で読んだ覚えがあります。
上記Aのバリエーションとして、作曲家・多田武彦氏が提唱する「フレージングの3つの態様」もあります。
多田メソッドでは、まず音節ひとつひとつにその強弱を10段階で数値を付けます。語頭は必ず10(最大値)です。そして、語頭以外の音節について、5〜6になる単語で構成されるフレーズと、7〜9になる単語で構成されるフレーズと、10ばかりの単語で構成されるフレーズの3種類に区分し、曲想や場面展開などに応じて使い分けるというものです。
これについては、全日本合唱連盟が出している季刊誌「Harmony」の第133〜137号で連載された「合唱曲を練習する際の留意事項」で多田氏ご自身が説明を記しています。
作曲家といえば、小林秀雄氏も「発語」を重視する人です。
その具体例は、全音楽譜出版社から出ている女声(混声)合唱曲集「落葉松」巻末、小林氏ご自身による「演奏上のメモ」の、タイトル曲の項目でまとめられています。
あえてせきの理解を記すなら「音節や単語を、それがある楽曲全体あるいはフレーズの中における意味・位置づけを踏まえて表現する」といったところでしょうか。ここまでに紹介したものすべてを包括し、さらに掘り下げた考え方だと思います。
他にも様々なアプローチがあるのではと思いますが、せきが知る範囲は以上です。
2015/11/05追記
2014年6月13日に語頭の取り扱いについて以下のツイートを連投しました。
日本語詞を歌うとき、しばしば「語頭を立てろ」と言われる。その流儀は「語頭と語尾とで強弱を変化させる(あるいは、緩急の差をつける)」「ごく短い休符のようなものを語尾と語頭の間に入れる」の2種類に大別されるように見受けられる。
— せき (@chor16seki) 2014, 6月 13
日本語詞を歌うとき、強弱の変化(あるいは、緩急の差)により語頭を立てる流儀では「語尾へ向けpoco dim.(いわゆる『語尾を引く』)→語頭をpiu forteなどで明確に強調」みたいな方法をとることが多い。
— せき (@chor16seki) 2014, 6月 13
日本語詞を歌うとき、ごく短い休符のようなものを語尾と語頭の間に入れることで語頭を立てる流儀では、その休符のようなものは「カンマ」「スラッシュ」などと呼ばれたりする。瞬間ブレスを兼ねることもある。
— せき (@chor16seki) 2014, 6月 13
これが2015年11月4日に「合唱の保管所」さんによってリツイートされました。その件について紹介したところ反響をいただいたので当ブログに記事としてまとめようとしたら、既にここで書いていたんですね。付け足したいことは特にないので当記事で記したという扱いにします。ただし当時書いた記事にはHTMLタグが付いていなかったため、この機会に付加しました。
なお、多田武彦氏が提唱する「フレージングの3つの態様」については、加藤良一氏が管理する「多田武彦〈公認サイト〉」で公開されているPDFファイル「アンサンブル上達のための練習方法」5ページ以降で詳述されています。