上京して、六連こと東京六大学合唱連盟定期演奏会を聴いてきた。
出演者・スタッフ・来場者の皆様、お疲れ様でした。
前回はパルテノン多摩@東京都多摩市、昨年よりも長岡からは遠くなった。どうしようかと思ったが、SNSで繋がりのある指揮者の先生方から熱心なおすすめをいただいたので、新宿にホテルを予約して聴きに行くことにした。
今回はインターミッションの入れ方が普段と異なっていた。普段は第3ステージの後と合同の前だが、今回は第2ステージのあとと第5ステージのあとに20分ずつ。エールだけで実質1ステージぶんあるので合理的な組み方だと思う。
エール交歓
法政、インカレ化し、テノールに女声が加わり、新しい色を見つけた感。このまま突き進んでいただければ。
立教、曲が進むにつれ尻上がりにハーモニーの精度が上がってゆく。
東大、宮下正先生(パンフレットは団説明文にのみお名前あり)仕込みの音色が抜けた。世代交代かな。
早稲田、フレーズの切り方に意思が見える。このたび慶應ワグネルを指揮する福永一博先生に通じるものが(方向性は真逆だけど)。
明治、語尾を放り投げるかのようなフレーズの収め方が新鮮。
慶應、いわゆるコロナ禍前と変わらぬ整い具合。
1st stage:法政大学アリオンコール
- 夢みたものは……(作詩:立原道造/作曲:木下牧子)
- 見上げてごらん夜の星を(作詞:永六輔/作曲:いずみたく)
- 君といつまでも(作詞:岩谷時子/作曲:弾厚作/編曲:河辺岳元)
- わが抒情詩(作詩:草野心平/作曲:千原英喜)
指揮者なし。愛唱曲ステージだからこそ、新生アリオンの姿は十二分に伝わった。
「君といつまでも」はアリオンに伝わる編曲だったような。カワイ出版「グリークラブアルバム」シリーズなどに載っている小池義郎氏の編曲ではない。
編曲者クレジットのない「見上げてごらん夜の星を」はカワイ出版「グリークラブアルバム」シリーズで広まった編曲で、秦実氏がワグネル学生指揮者時代にアレンジしたものですね。近年の出版譜には秦氏のお名前が書き足されている、けれどパンフレットにお名前を載せなかったということは、もしかして情報がアップデートされておらず古い底本のコピー譜をお使いなのかな。
2nd stage:立教大学グリークラブ
- 男声合唱曲集「日本民謡曲集」より
- 作曲:清水脩
指揮:田中豊輝
- そうらん節(北海道民謡)
- 機織唄(埼玉県民謡
- 佐渡おけさ(新潟県民謡)
- 五つ木の子守歌(熊本県民謡)
- 最上川舟歌(山形県民謡)
清水脩編曲ということでハモりが印象に残りやすく、近くに座っていた大先輩諸氏は「民謡といえば自分らの現役当時は勢いだけだったが、今の現役の演奏は丁寧で見事」と語り合っていた。ただ、選曲意図には「うた」を立教男声に取り戻そうということも含まれているのではと私は想像する。
このステージの映像が立教大学グリークラブ公式YouTubeアカウントで公開された。客席では気に留まらなかったが、録画を見ると、たとえば「最上川舟歌」でところどころ声色を変えたりテンポを動かしたりなど、細やかな創意工夫が盛り込まれていることに気づく。
3rd stage:東京大学音楽部合唱団コールアカデミー
- 指揮:奥村泰憲/ピアノ:三木蓉子/ヴィオラ:鈴木友紀子
- 祝典合唱曲 “Slavnostní sbor” (作曲:Beřich Smetana)
- 合唱団連合 “Sängerbund” (作曲:Anton Bruckner)
- ラシーヌ讃歌 “Cantique de Jean Racine” (作曲:Gabriel Fauré)
- レクイエム “Requiem” (作曲:Giacomo Puccini)
パンフレットの曲目開設は《2024年が生誕200年のスメタナとブルックナー、そして没後100年のフォーレとプッチーニの4人の作曲家の作品を選曲した。ナショナリズムはロマン派音楽の特徴の一つであるが、それを鑑みてチェコ語、ドイツ語、フランス語、ラテン語で演奏する》という段落で始まる。
前半2曲は原曲そのまま、後半2曲のオルガンパートをピアノで、「ラシーヌ讃歌」の合唱は混声→カウンターテノールを用いた男声合唱で、「レクイエム」の合唱は移調せずソプラノをカウンターテノールで演奏。
合唱の感想はエールに同じ。ピアノと共演する曲について、合唱はピアノを囲むよりも山台に上って歌うほうが音量バランスが取れたんじゃないかとは思った。
長らく御指導をいただいてきた有村氏は勇退なされたらしく、このたびが奥村氏にとって初の六連。
「Slavnostni sbor」は終始インテンポの演奏(ただし9小節目、低声系だけで「Celý národ」と歌う箇所は「národ」を付点8分音符+16分音符でなく、tuttiのフレーズに合わせてか付点4分音符+8分音符くらいに伸ばしがち)が一般的だと思っていたが、ところどころテンポを揺らしたり3番だけ速くしたりなど、なんとも斬新な指揮。
4th stage:早稲田大学グリークラブ
- ワセグリミュージカルメドレー
- 指揮:三好草平/編曲・ピアノ:久田菜美
- Do You Hear the People Sing? (from “Les Misérables”)
- One (from “A Chorus Line”)
- This Is Me (from “The Greatest Showman”)
- From Now On (from “The Greatest Showman”)
- A Million Dream (from “The Greatest Showman”)
- 見上げてごらん夜の星を (from “見上げてごらん夜の星を”)
- My Favorite Things (from “The Sound of Music”)
- Do-Re-Mi (from “The Sound of Music”)
- Climb Ev’ry Mountain (from “The Sound of Music”)
- Do You Hear the People Sing? (from “Les Misérables”)
編曲者がパンフレットに寄稿したところによると、最初と最後の「Do You Hear the People Sing?(民衆の歌)」は合唱団からの要望で、この曲を軸にメドレーの構成を考えたとのこと。
視覚的演出は最小限にattacaで曲をつないでミュージカルナンバーの魅力をほぼ歌声とピアノだけで表現した王道の演奏。
と思ったらメドレーが終わり指揮者(明治大学グリークラブのOBでいらっしゃる)とピアニストが袖にはけたあと指揮者だけ戻ってきてピアノでe-mollを鳴らす。もしやと思ったら「エンヤー」。そう、ステージアンコールとして竹花秀昭編曲「斎太郎節」。早稲田大学グリークラブにとっては東西四連や単独演奏会のステージストームでの定番レパートリーである。
5th stage:明治大学グリークラブ
- 男声合唱組曲『明日へ続く道』
- 作詩:星野富弘/作曲:千原英喜
指揮:佐藤賢太郎/ピアノ:村田智佳子
演奏会間際の4月28日、作詩者(2・4曲目は作詞者と書いてもいいかも)の星野富弘氏が帰天し、想定外の追悼演奏となった。
千原作品としては比較的オーソドックス路線と思われがちな組曲の、先鋭的な要素に光を当てたような演奏。
終曲の後半から合唱団員が手拍子をしながら歩き回ってステージいっぱいに広がり、決めポーズをして曲を終えるという、Ken-P氏が時々やる演出が加わった。
6th stage:ワグネル・ソサィエティー男声合唱団(慶應義塾大学公認学生団体)
- 男声合唱とピアノのための「輪廻」
- 作詩:萩原朔太郎/作曲:西村朗
指揮:福永一博/ピアノ:前田勝則
昨年9月に亡くなった作曲者への追悼をこめたステージ。
他編成からのトランスクリプションでなく男声合唱が初出のだと、西村朗は男声合唱作品として「輪廻」以外に「かつて信仰は地上にあった」『永訣の朝』『夏の庭』『旅—悲歌が生まれるまで』などを遺した。いずれも重々しく濃厚な陰影や、声そのものが持つエネルギーを塊として結集させる点などが特徴といえよう。ことに「輪廻」は、西村の代名詞ともいえるヘテロフォニー的な書法や、器楽曲でしばしば素材としたケチャ(バリ島の民族音楽)が用いられており、それまでの西村作品の集大成といえるほどの大作。そういったエッセンスをこれでもかと凝縮して注ぎ込んだ演奏。
余談その1。「輪廻」は取り上げられることが少ない。技術的難易度が高いことや単一楽章であることばかりでなく、終盤でピアノの内部奏法(これを禁じている演奏会場は多い。ホール備え付けのピアノを使わず演奏者がピアノを持ち込んで対応することもあるけれど)が用いられていることも理由であろう。にもかかわらず、今年度の定期演奏会でワグネル同じ座組によりは「輪廻」を再演する由。刺激を受けて取り上げる合唱団が続出することを願う。
余談その2。今回の指揮者は全員40代、他の出演者は1ヶ月ほど前に50歳になったばかりの前田先生が最年長とのこと。ちなみに出演した諸先生の中でワグネルに出演したお二方だけネット外で私と面識がございます。
7th stage:六大学合同演奏ステージ
- 男声合唱とピアノのための『くちびるに歌を』
- 作曲:信長貴富
指揮:真下洋介/ピアノ:小田裕之
- 白い雲(作詩:Hermann Hesse/訳:高橋健二)
- わすれなぐさ(作詩:Wilhelm Arent/訳:上田敏)
- 秋(作詩:Rainer Maria Rilke/訳:茅野蕭々)
- くちびるに歌を(作詩:Cäsar Flaischlen/訳:信長貴富)
この曲の混声版が同じ指揮者・ピアニストにより昨年4月に松原混声合唱団《松原うたまつり》で演奏されていたこともあり、演目発表時点から期待する人が多かったような。
声を出させた上でブレンドして調和させる指揮者のスタイルが、楽曲の力や歌い手の熱量と相まって、よく練り込まれた合同演奏となった。また、ホールの残響や客席の空気などにも的確に反応した音楽づくりが印象に残った。
この作品、終曲は耳にする機会がしばしばで混声版を歌った経験も一応あるけれど、組曲全曲を通して聴くのは混声合唱版・女声合唱版を含め私にとって初めて。作曲者が「ロマンチックな音像と懐深くの情感」と記したり、オリジナルにあたる男声合唱版を委嘱・初演した東海メールクワイアーの都築義高会長が「信長カンタービレ」と記したりしたことから馴染みやすい音を想像していたのだが、実際に聞くと第2・3曲はかなり先鋭的なサウンド。だから終曲の感興が増幅されるのですな。
作曲者・信長先生が、私の席の2列うしろで開演から終演まで全ステージ聴いておられた。昨年の「Fire」初演でお世話になったので会釈申し上げたが、私のことを覚えておられたかどうか。ちなみに信長先生と同じ列に佐藤正浩先生、その1列前に髙坂徹先生がいらした。
アンコール:合同演奏
- 楽譜を開けば野原に風が吹く
- 作詩:和合亮一/作曲:信長貴富
指揮:真下洋介/ピアノ:小田裕之
感想は本編に同じ。当初のアナウンスより10分ほど押して終演。宿を取ったのは正解だった。