投稿者: せき
「合唱アンサンブル.com」というウェブサイトをやっている者です。

2009/11/22の日記

2009/11/22の日記

15時より、オペラ『直江の婿えらび』の場当たり & GPことGeneralProbe 於 りゅーとぴあ劇場。
駐車場が満車で、車を入れられるようになるまで10分以上待たされる。しかも最初、間違えてコンサートホールの楽屋口に入ってしまう。
場当たりの進行が押しまくり。おかげで、フィナーレの場当たりは大部分が端折られるわ、男衆(合唱の男声パート)は時間がなくて皆メイクが中途半端になるわ、GP開始が15分遅れになるわ。
場当たりの待ち時間中だったか、男衆が廊下に呼び集められる。
直江家当主が殺されたことを知らせに小野塚一貴さん演ずる小塚八郎が駆け込むシーンについて、上田六助役・長川慶さん(ずっとイタリアを拠点にオペラ出演などの活動をしておられ、今春から新潟県に引っ越してきた声楽家)からの助言であった。舞台上での体の向け方、歩く時の足の踏み出し方、状況の展開にふさわしいリアクション演技の提案など、ありがたいアドバイスを一同たくさん頂戴する。
せきがりゅーとぴあを後にしたのは、完全退館時刻22時ギリギリの21時55分。
翌日が早いので、家に帰ってからしたことは入浴して寝るぐらい。

2009/11/15の日記

2009/11/15の日記

オペラ「直江の婿えらび」HauptProbe(略してHP) 於 新潟大学教育学部音楽棟に参加。

会場が違う以外は衣装・メイクも本番と同条件で通し稽古をおこなう。

NHK新潟放送局とNSTの撮影クルーによる密着取材あり。

演出の桂木でんか氏は前日のtree2氏挙式で隣の席だった。

前回の練習から3週間、譜面とにらめっこしたり参考CDを聞きまくったりしたおかげで、まごつかないところまではどうにか追いつけたと思う。が、まだ音程が怪しい箇所がいくつもある。いかん。

施されたメイクは、ひげやシャドーをバリバリ描かれまくり。だいぶ顔の雰囲気が変わり、メイク後に練習場に行ったら何人かに驚かれた。

練習部屋付近のトイレが工事中でふさがっており、使えるトイレはだいぶ離れた場所にあった。

うねうね廊下を曲がって用を足しに行く際、上杉景勝役の上野正人先生に同道させていただく。恐れ多くも畏くもせきの歌声をおほめにあずかり「『魔笛』のザラストロ役が向いてるように思うから、さらってみてはどうか」などのお言葉を頂戴する。

ありがたき幸せではあるけれど、当方ステージで独唱をした経験がない(立教大学グリークラブ現役時代および同OB男声合唱団でBaritone/Bass独唱のつく合唱曲を歌うことはあったが、せきの技術ごときで独唱なんてとてもとても……)もので、ところどころ音を間違えていたため悪目立ちしていたせいかなという不安も感じるところ。

2009/11/14の日記

2009/11/14の日記

新潟ユース合唱団で知遇を得て男声合唱団トルヴェールにお誘いくださったtree2氏の人前結婚式・披露宴に出席させていただき、トルヴェールのメンバー一同で「君といつまでも」をハモる。
和やかなお式だった。
末永くお幸せでありますように。
なお、tree2氏と奥さま(非合唱人)との縁を取り持ったのは、tree2氏が指揮者・音楽監督を務めるカンターレのAlto団員さんとのこと。この人とせきは新潟ユース合唱団でご一緒した。

2009/11/08の日記

2009/11/08の日記

朝9時半過ぎに家を出て、新潟ユース合唱団の主催事業「合唱講習会 〜発声の基礎を学ぼう〜」会場のリリックホールへ向かう。

10時過ぎの出発でも集合時刻10時半には余裕で間に合うけれど、第1スタジオの鍵を開けたりなどする都合で予定を早めた。

今年度、新潟ユース合唱団が長岡で何かやるのは3回目になる。その場所取りは3回ともせきが担当していたものの、過去2回は当日ほかのメンバーが先に会場入りしていて開錠など代わりにやって下さったので、ちょっと申し訳ないなと思っていたのだ。

で、今回せきは一番乗り。すぐ後に来た新潟大学医学部合唱団員4名ほどを少々お待たせしてしまったが、無事に開錠完了。

午前中は会場設営ののち、ウォームアップと講習曲「Super flumina Babylonis」のおさらいを1時間ちょっと。

13時半、講習会スタート。ご年配から高校生まで50名ほどの受講者が参加してくださった。

講師・清水雅彦先生は小千谷市のご出身なので「新潟県で活動をすることには格段の思い入れがある」というお話から始まる。

清水先生のご指導について、引き出しの豊富さや、飴と鞭の絶妙な使い分けに、感服するところ大であった。

前半2時間弱は、発声法の手引き。

立つ姿勢、ブレス(吐き出し方、保ち方、様々な吸い方の使い分け)、母音の発音(口の開け方、ノドの奥の開き方)、音域の変化に伴う体の使い方、などなどなどなど。このくだりだけに3時間を費やしてもよかったのではというぐらいのボリュームだった。

せき個人に響いたご指導は「いつも笑って」

「へその裏のコントロール(ブレスを入れるポイント)」「前に出した息を吐ききらないと、次のブレスの入りが浅くなる」「ひざ付近の空気を下に押し下げる(ブレス・声を出すときの支え)」「フレーズが先に進むに従って、声の意識を高めに持ってゆく(講習中、これをサボり『仕事してますか?』と注意されることもあった)」あたり。しばしばつまづいていたポイントに対する解決策の発見や、大学グリーおよびOB男声合唱団時代にご指導いただいて忘れかけていたことの思い出しにつながったことがたくさんあった。

後半1時間ほどは、講習曲の実演指導。

グレゴリアンチャントを導入にしたアルシスおよびテージスの歌い方や、ルネサンスポリフォニーの演奏法に踏み込んでの曲作りなど、これまた1時間では足りないほどのてんこ盛り。ひとつひとつのご指導で、サウンドがどんどん立体的になっていく。

もちろん発声面からのご指導もあった。[e] や [u] の発音に対する注意が多かったことに、この母音の難しさを改めて感じた。

終了、撤収、諸連絡。

2010年度、新潟ユース合唱団は演奏会を行うことがメンバーに公表された。そこで客演指揮者に清水先生をお呼びすることをtek310氏がアナウンスしたら、歓喜の反応をしたメンバーが多数。いい講習会を開けたことが確認できて嬉しかった。

そこでせきが「自分はもう参加できませんけど」と前置きして定年退団の挨拶を述べる。

解散後、リリックホール事務室に鍵返却と備品使用料支払いに行き、講習会プロジェクト完了。大過なく終えることができ、安堵した。

これで今年度(まだ他の件について引継ぎが残ってはいるものの)、そして4年間にわたる新潟ユース合唱団でのわが活動はおしまい。

ある後輩との再会

ある後輩との再会

前回は先輩との再会にまつわる話。そこからの連想で、今回は後輩と再会した話。


昨年、新潟ユース合唱団が関東合唱コンクールに出たときのこと。ロビーに見覚えのある女性がいた。おや、もしかしてトントンじゃないか?

トントンとは、立教大学グリークラブの後輩。せきが4年のときの1年にあたる。Sopranoだが、あのパートによくいるお姫様系キャラとは雰囲気が違い、庶民的で、いつも愛想が良かったような印象がある。高校時代から合唱をやっていて、立教グリー4年次は学生指揮者として女声定期演奏会を成功に導いた人。

トントンさん(以下、敬称を付ける)の卒団から1〜2年ぐらいは立教グリー関係の演奏会ロビーで挨拶していたが、いつの間にかご無沙汰になった。理学部を卒業してから大学院に進んだとかいう話を聞いた覚えはある。

トントンさんは千葉県代表になった合唱団のメンバーとして、りゅーとぴあに来ていた。演奏を聴きたかったが、既に終わったとのこと。どうも新潟ユース合唱団の直前練習と時間がバッティングしていたようだ。その団は金賞だったとのこと(全国進出は逃したようだが)、聴けなくてなおさら残念。

合唱連盟のコンクールに参加するような活動をしている立教グリーOBOGはほとんど知らなかったので、こんなところで会うと思っておらず、驚く。お互いそうだったようだ。

一方で、合唱を続けている後輩の存在を知って嬉しかったのも事実。

合唱を続けているという以外の近況とか、せきの団の演奏への感想を聞きたかったけど、そこまでの言葉は交わさずじまい。

トントンさんや他のOBOGと次に再会できる日はいつになるやら。ただ、どうも11/14の立教グリー100回定期演奏会は行けなさそうなので(チケット完売になったらしいし)、チャンスがあったとして来年以降になるけど。