発表! Nコン2011課題曲

発表! Nコン2011課題曲

本日午前10時からNHK教育テレビで放映された「発表! Nコン2011課題曲」を視聴しました。

今回は3月19日に予定されていた公開収録だったのが震災の影響で中止になり、スタジオで山田賢治アナウンサー、作曲者お三方、秋川雅史氏が演奏VTRを見ながら進行するという形でした。作詩者による詩の朗読は完全になくなったようで、ちょっと残念。


以下、放映順です。

中学校の部『 [あかし]

flumpoolは的を射た人選かもと思いました。ロックとしてはハードさよりもポップさが表に出ていて、いまどきの中学生には入り易そうな感じです。

合唱としては、音域には配慮がみられるものの、歌い手の演奏技術が要求される凝った編曲だと思います。同声合唱版は最上声部がオブリガードを担当する箇所でアンサンブルセンスが要りそう。混声合唱版は男声パートがやや歌いにくそうな進行ですね。

ピアノパートは、ピアニストとして演奏活動もしている加藤氏の面目躍如ですね。コーダ前の間奏部分が特に。

小学校の部『ぼくらは仲間』

鈴木憲夫節。『二度とない人生だから』『ほほえみ』みたいな近年の小品集を思い起こしました。ご年配の方々が歌うと、童声とは違う味わいが楽しめそうですね。

作詩者・やなせ氏が練習場所を訪れ、御自ら詩のイメージを描いた色紙を合唱団に渡していました。このイラスト、Nコン2011公式サイトなどで公開していただきたいなあ。

高等学校の部『僕が守る』

いろんな意味で上田氏らしい作品ですね。すーっと聴き手に染み込む曲調しかり、高声部にハイトーンを要求する点しかり、男声合唱版が最も演奏効果が高く聴こえた点しかり。

無伴奏で始まるくだりでは、昨年の課題曲『いのち』を連想しました。

銀色氏の仕事場に密着したVTRも挿入されました。言葉の断片を書きとめたメモを部屋中に貼りつけてましたね。


3月27日4月3日の16時から再放送があるそうですので、見逃した方は都合が付けばどうぞ。また、パソコンからご覧でしたらNコンの公式サイトで音源が聴けます。

2011/03/19の日記:男声合唱団トルヴェール練習

2011/03/19の日記:男声合唱団トルヴェール練習

17時半より、男声合唱団トルヴェールの練習 於 万代市民会館@新潟市中央区に出席。本日は新幹線にて移動した。新幹線は通常運航だったが、在来線が間引き運転だったのに驚く。


メンバーが集まる機会は今月5日のあおやぎ君送別会以来だが、「練習」としてはアンサンブルコンテスト明けで初めて。参加者は、Top Tenor 1名、Bass 2名、tree2音楽監督、せきの計5名で、送別会より2〜3名少なかった。


今回は「練習」という扱いだが、これから歌うレパートリーの選曲会議が大半となった。

多田武彦作品でという方向性は割と早い段階で決まり、そこから先で一進一退。せっかくなら組曲まるごと取り上げることも視野に入れたいねという話になる。ただ、組曲まるごとという場合、現状のトルヴェールにはハードルの高い楽章を含む組曲ばかりで難渋。

結論として、とりあえず「海に寄せる歌」を触ってみようということになった。後半1時間、一同で第1曲「砂上」全曲と第2曲「仔羊」コーダ部分をさらう。これまで「虹」「光」に悪戦苦闘していたのに比べると取っつきやすいねと言う声が漏れていた。

せきは主に内声パートを歌う。2曲とも、Second TenorよりもBaritoneのほうが音取りしづらいと思った。


練習は20時に終了。次の練習は未定(たぶん来月)。

北村協一先生にまつわる思い出 (2)

北村協一先生にまつわる思い出 (2)

5年目の命日から書き始めている北村協一先生の思い出話、続き。



北村先生の技術指導はコンパクトで分かりやすくかつ当を得たもの。大久保昭男先生による基礎ヴォイストレーニングに加え、北村先生は丁寧に体の使い方の実践ポイントを指導してくださった。

立教グリー現役時代、男声定期演奏会のアンケートで「北村先生のステージになると発声の整い方が抜群」みたいな主旨のことを書いた人がいた。確か、同じく北村先生のご指導を受けていた慶應ワグネルの男声。

講釈は少なく、代わりに団員に繰り返して歌わせるレッスンが多かった。ある箇所を取り出して反復練習するときは「この数小節しかやらないから譜面を見ない!」という一言がセットだった。おかげで、練習で集中して取り組むすべが身に付いたように、せきは思う。


技術指導ということで、特に鮮烈に覚えている練習は、2年次の六連「尾崎喜八の詩から」練習初回。

その日は第1曲の冒頭、16分音符2つ+付点4分休符+16分音符3つから成る、全員によるユニゾン「いま 野には」だけに練習時間の大半が費やされた。各音符に付いているアクセントの表出が弱いということで、そのフレーズを一人ずつ歌わせての特訓となったのだ。アクセントの表現に必要な筋肉の動かし方を指導すべく、北村先生に胴回りを触られたり、逆に北村先生の胴回りを触ったりさせられたメンバーも数多くいた。

北村協一先生にまつわる思い出 (1)

北村協一先生にまつわる思い出 (1)

一昨日午後から「2011年東北地方太平洋沖地震」が起こり、現在も続いている。せきは新潟県中越地震と新潟県中越沖地震に被災した体験があり、TVで今回の惨状を見るたび当時のことを思い出して胸が重い。犠牲者のご冥福をお祈り申し上げるとともに、避難生活を余儀なくされている皆様にはどうか耐えて生き続けていただければと願う。



さて、2006年3月13日22時57分、北村協一先生が74歳で天に召された。あれから本日で5年。

逝去直後にWebで、また翌年2月24日に開催された『北村協一追悼演奏会 Love。』のパンフレットで、様々な方々が先生の思い出を綴っておられた。

そうした先達の皆様に比べれば末輩のせきだが、先生からご指導をいただく機会を得た者の端くれとして、これから何回かに分けて当時の記憶をアトランダムに綴ってみたい。

なお本シリーズは、当方の色眼鏡から事実誤認や誤記をやらかしているのではという危惧が、他のテーマにまして強い。


北村先生のタクトで初めて歌ったのは1992年、立教大学グリークラブ1年生のとき、第83回男声定期演奏会の最終ステージ「水のいのち」およびアンコール「月の光(組曲『中原中也の詩から』終曲)」。

1992年の北村先生+立教男声といえば組曲「雨」のレコーディング。これは2〜4年生による演奏で、せきは新入生ゆえ参加していない。六連で演奏した「雨」では客席で感涙した女子がいたという伝説を耳にした覚えがある。伝説が嘘か真かは知らねども、男声定期演奏会の録音でその再演を聞くと、さもありなんと感じる見事なサウンドである。


北村先生のサウンドを聴衆として最初に感銘を受けたのは、1993年1月だか2月だかの関西学院グリークラブ第61回リサイタルで聴いた、堀口大學作詩・多田武彦作曲の男声合唱組曲「雪国にて」。演奏者に新潟県出身者はいないはずなのに、高校時代まで暮らしてきた越後の冬の情景がリアルに演奏から伝わってきたことが不思議でならなかった。

余談。せきが立教大学グリークラブOB男声合唱団に参加していた頃、練習後の酒席で「北村先生の演奏で印象に残っているのは?」と尋ねられたことがある。前掲の話をしたら、とある先輩に冷笑された。その演奏は何かしら不備があったのかもしれないけれど……。当方もともと頭ごなしな物言いが大嫌いなのだが、他人の受けた感銘を否定するようなことはやめようとそのとき改めて思った。



東北地方太平洋沖地震の被災地には、石巻メンネルコールや花巻女声合唱団など、北村先生とご縁のあった合唱団もいくつか存在する。末筆ながら、メンバーの方々は大丈夫であろうか。

2011/3/5の日記:送別会

2011/3/5の日記:送別会

男声合唱団トルヴェールの一員・あおやぎ氏が新潟大学法科大学院卒業に伴い当地を離れるので、送別会という名の宴会が夕方〜晩に執り行われた。1月30日のアンサンブルコンテスト慰労会も兼ねて。

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