北村協一先生にまつわる思い出 (5): 腰式呼吸
今回初めてサブタイトルを付けました。「腰式呼吸」はせきの造語です。
なお、記事群「北村協一先生にまつわる思い出」を通して読みたい方は、タグ「北村協一」からどうぞ。
「合唱アンサンブル.com」の中の人のメモランダム。当ブログの記事はあくまで私的発言で、係わりある団体や組織の見解を代表するものに非ず。
今回初めてサブタイトルを付けました。「腰式呼吸」はせきの造語です。
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このブログで時々記しているが、私せきは立教大学グリークラブ出身、平成8年(1996年)卒団の代である。その現役時代に起きた出来事を書き留めておく。
「北村協一先生にまつわる思い出 (1)」「北村協一先生にまつわる思い出 (2)」「北村協一先生にまつわる思い出 (3)」の続きです。
これまで主に北村先生の厳しい部分について書いてきたが、お口直しも兼ねて、先生のくだけた顔・お茶目な顔についても触れてみたい。
「北村協一先生にまつわる思い出 (1)」および「北村協一先生にまつわる思い出 (2)」の続きです。
少なくともせきの現役時代、立教大学グリークラブ男声合唱団における北村先生の練習は厳しさに満ち、雷が落ちることもしばしばだった。それにかかわる影の部分を、回想文にふさわしからぬことを承知で、今回は綴ってみる。いわゆる「黒歴史」に属する事項を含むこの記事だけが切り離されて一人歩きしないことを願いつつ。
5年目の命日から書き始めている北村協一先生の思い出話、続き。
北村先生の技術指導はコンパクトで分かりやすくかつ当を得たもの。大久保昭男先生による基礎ヴォイストレーニングに加え、北村先生は丁寧に体の使い方の実践ポイントを指導してくださった。
立教グリー現役時代、男声定期演奏会のアンケートで「北村先生のステージになると発声の整い方が抜群」みたいな主旨のことを書いた人がいた。確か、同じく北村先生のご指導を受けていた慶應ワグネルの男声。
講釈は少なく、代わりに団員に繰り返して歌わせるレッスンが多かった。ある箇所を取り出して反復練習するときは「この数小節しかやらないから譜面を見ない!」という一言がセットだった。おかげで、練習で集中して取り組むすべが身に付いたように、せきは思う。
技術指導ということで、特に鮮烈に覚えている練習は、2年次の六連「尾崎喜八の詩から」練習初回。
その日は第1曲の冒頭、16分音符2つ+付点4分休符+16分音符3つから成る、全員によるユニゾン「いま 野には」だけに練習時間の大半が費やされた。各音符に付いているアクセントの表出が弱いということで、そのフレーズを一人ずつ歌わせての特訓となったのだ。アクセントの表現に必要な筋肉の動かし方を指導すべく、北村先生に胴回りを触られたり、逆に北村先生の胴回りを触ったりさせられたメンバーも数多くいた。