2010/05/15の日記

2010/05/15の日記

17時半〜20時、男声合唱団トルヴェールの練習(於 万代市民会館@新潟市中央区)に出席。
例によってマイカーにて下道で移動。

出席者は、Second Tenorが2名と、tree2音楽監督、せき。全パート揃わず。
Second Tenorのうちお一方は今回の練習曲「ロマンチストの豚」「光」を初めて歌うということもあり、練習時間の大半をSecond Tenorの音確認に費やす。
tree2氏は電子ピアノを弾きながらBaritoneを歌ったりTop Tenorを歌ったり。せきはBassを歌ったりTop Tenorを歌ったり。

いんちきTopを歌ってみて、木下牧子氏の無伴奏男声合唱曲はテノールにとって、声楽的ハードルが高く体力の消耗が激しいと感じた。
1フレーズが長いし、広い音域をジェットコースターのように上下動するし、そのうえ休符が少ないからである。
特に「ロマンチストの豚」は頭声だとしんどい低音域がちょこちょこ出てくるので、最高音が低いからといってナメてかかると、えらい目に遭う。

長岡市民合唱団 第25回定期演奏会

長岡市民合唱団 第25回定期演奏会

きのう午後は長岡リリックホールのコンサートホールに行き、長岡市民合唱団の定期演奏会を聴いてきました。


開演10分ほど前に現地到着。
近くの新潟県立近代美術館で開催中の「奈良の古寺と仏像」展と相まってか、駐車場が大混雑で、誘導員さんの指示で楽屋口近くに路上駐車しました。
客席も大入り満員。数少ない空きがあった上手側のバルコニー席で拝聴しました。

パンフレットに載っている合唱団員は、ソプラノ28名、アルト30名、テノール9名、バス10名。
ご年配の人が結構いらっしゃいます。
舞台の上手5分の1ぐらいが見えなかったのでオンステ実メンバーは数えませんでした。
テノールのメンバーにはチーフトレーナー・山本義人氏の名前も。

混声四部合唱組曲「確かなものを」

全体に、発声やピッチはきちんとしていると思います。男声パートの少なさをあまり感じさせないパートバランスもなかなかなものです。

ただ、このステージは、高田三郎作品(高は正式にはハシゴ高)ならではのストイックさや内なる苦闘が感じられませんでした。残念。
技術的なことを言うと、語頭の子音が立たず歌詞が聞き取りづらい部分が多いし、フレーズの終わりが全体にブツ切れだし、命令形・疑問形の文章や「立ちすくむ」「うずくまる」「倒れる」などの語句も特別な表現上の工夫をしてるようには聞こえませんでした。

これは主に指揮者・船橋洋介氏の問題だろうと思います。高田作品には押さえるべきポイントがいろいろとあるのです。

パーカッション ミュージアムによるステージ

パーカッション ミュージアムは、読売日本交響楽団元首席ティンパニ奏者・菅原淳氏および菅原門下のプロ打楽器奏者による演奏家集団です。
メンバー十数名のうち、今回のコンサートに出演したのは10名。

前半で演奏されたのは、メンバー・横田大司氏の作曲による「白紙の一幕」。竹と膜質楽器(いわゆる太鼓。スネアドラム、大太鼓、タムタムなど)をフィーチャーした現代音楽系の曲です。
竹を叩く音は獅子おどしの響きにつながり、日本人になじみ深いサウンドです。その余韻に膜質楽器がからみあい、徐々に増殖していく感じ。

楽器の入れ替えの間、船橋洋介氏らしき人(違ったらごめんなさい)が登場して楽器紹介などのスピーチ。

後半は、菅原氏(本日はいらっしゃいませんでした引退された由)編曲による『「ウエストサイドストーリー」による4つのシーン』。
マリンバやシロフォンなどの鍵盤打楽器がメロディを奏でる中、多種多様な打楽器が賑やかに活躍する、痛快な曲です。変わったところでは、フライパン、ブリキのバケツ、ホイッスル、手回しサイレン、自転車や古い自動車で使われるパフパフ式の警笛なども登場します。

ここまでの演奏が終了後、メンバー一同がステージ前方に並び、一礼。
東京混声合唱団や栗友会などとの共演で合唱人にも馴染みのある加藤恭子氏(違ったらごめんなさい)がマイクを取って、ステージアンコールを案内しました。

ステージアンコール曲目は、メキシコ民謡「Mexican Hat Dance」。
1台のデカいマリンバを5人が囲んで演奏する編曲です。
途中、マリンバの位置が少しずつ舞台下手寄りへ移動していったり、演奏者の立ち位置争いがあったりなどの演出も加わり、目に耳に楽しいものでした。

CATULLI CARMINA

Carl Orff作曲。かの有名な世俗カンタータ「CARMINA BURANA」の兄弟作品です。

演奏会ポスター・チラシ・パンフレットとも、この曲の題名を前面に出したデザインでした。

今回の編成は、合唱、テノール独唱、ソプラノ独唱、2台ピアノ、鍵盤打楽器やティンパニーなどの打楽器。
打楽器奏者は7名だか8名だか。
2台ピアノが合唱と共演する場合、ピアノを横方向に互い違いに向き合わせる配置が一般的だと思うのですが、今回は2台ともピアニストが客席を向く配置でした。
ソプラノ独唱はバルコニー席の舞台真上を出たり入ったりしてました。

で、肝心の演奏ですが、お見事。
長大で、合唱は馴染みの薄いラテン語を早口で連呼し、無伴奏の箇所も多く、時々幅広い音域で和音を奏でるという、いろいろと難儀な曲なので、なおさら拍手です。

混声六連や関混連のような大人数、単独だと東京工業大学コールクライネスあたりが取り上げたら面白い曲かもしれません。

アンコールも演奏されました。
確か「CARMINA BURANA」の「O Fortuna」。原曲の管弦楽パートは2台ピアノ+打楽器にリダクションされてました。打楽器パートは原曲通りとのこと。
冒頭のソプラノ独唱で破綻しかけた瞬間がありました。あそこは超高音、プロでも歌いこなせる人は少ないのかも。


出演者・スタッフ・来場者の皆様、長時間お疲れ様でした。トータルとして楽しかったです。

リリックのシアターホールでは夕方からゴスペル混声アンサンブルの演奏会がありましたが、こちらは失礼して帰宅。


※2010/5/15 12:50追記

ふくだんちょう様からコメント欄でいただいた指摘をもとに、若干の加筆修正をしました。
【本サイト更新】2010/05/04 21:00

【本サイト更新】2010/05/04 21:00

「合唱アンサンブル.com」サイト本体を更新しました。更新内容は次の通りです。

  • 「日本の絶版・未出版男声合唱曲」について下記を更新しました。
    • 「カ行の作曲家」について、後藤丹の項を更新しました(「寒燈集」データ追加。楽譜を拝借したtree2氏にはこの場を借りて御礼を申し上げます)。
  • 「更新履歴」へのリンク先を、当ブログの当該カテゴリに移しました。
  • 「当サイトのアクセス解析リポート」に2010年4月度のデータを追加しました。

ついでに当ブログも、カテゴリを日本語文字を使わないURLとなるように改めるなど、若干の手を加えてます。

2010年も出身団体・立教大学グリークラブに不義理ばかりとなりそう

2010年も出身団体・立教大学グリークラブに不義理ばかりとなりそう

2009年6月21日付けで「今年は出身団体・立教グリーに不義理ばかりとなりそう」というエントリを書きました。
残念ながら今年もそんな可能性が濃厚です、少なくとも前半は。

終わったコンサートだと、今年1月のOB男声合唱団によるミサ奉唱会と、去る4月29日に現役女声が出演した「第25回 四大学女声合唱連盟ジョイントコンサート」。
いずれも素晴らしい演奏だったという反響を漏れ承りました。

明日は現役男声が出る「第58回 東京六大学合唱連盟定期演奏会」がありますが、これも残念ながら都合がつけられませんでした。
『草野心平の詩から・第三』は第4曲「宇宙線驟雨のなかで」を除き実演を聴いたことがないし、橋本祥路氏をフィーチャーした合同演奏も興味があるのですが……。

6月20日の「第31回 立教大学グリーフェスティバル」に至っては、男声合唱団トルヴェールの一員として出演する「新潟県合唱祭」本番当日とバッティングしております。

その次に控えている立教グリーファミリーの演奏会は、7月3日に予定されている「東京六大学OB合唱連盟 第6回演奏会」略してOB六連。
諸々調整して久々に伺いたいと思ってますが、どうなることやら。

ともあれ、遠く離れた越後の地から、各種演奏会のご盛会をお祈り申し上げる次第です。

テキストを解釈するということ —男声版『そのひとがうたうとき』出版をきっかけに—

テキストを解釈するということ —男声版『そのひとがうたうとき』出版をきっかけに—

一昨日、カワイ出版から来月6タイトルもの男声合唱曲の新刊が発売されるという記事を書きました。

6タイトル中の1冊『そのひとがうたうとき』楽譜編集時に、表題曲について判明した新事実があるそうです。
それは、詩に出てくる「たいこ」という単語の扱い。
結論だけ書くと「従来と同じままで続ける」と決まったとのことですが、新事実が指摘されてからの判断プロセスが重要です。ぜひ作曲者・松下耕氏の公式サイト内コラム「驚きの事実」(2022年9月追記:Webサイトの全面リニューアルによりコラムがすべて抹消されたので、Web Archive上に記録されたものへリンクしています)を参照いただきたく。演奏の際に留意すべき事項も付記されており、この曲を演奏する人は混声・女声・男声問わず必読だと思います。

コラムを読み、せきが思い浮かべたのは二つのことです。

一つは、多田武彦氏が作曲した男声合唱組曲『草野心平の詩から』を連想しました。
1990年にメンネルコール広友会がこの組曲を取り上げた際、団員の深沢眞二氏が団内向け資料で「『天』で『大日輪を』の『を』がないことや『微塵』『樹木』の読み方がビジン・キギなことや『さくら散る』の始まりが『ちるちるまいおちる』なのは何故だろう」と書いたところ、それが作曲者の目に触れ、初演から30年近く経って「天」「さくら散る」に改訂が加えられることとなりました。
経緯は深沢氏の著書『なまずの孫 1ぴきめ』に詳しいです。

多田氏が改訂することを選んだのは、深沢氏の疑義を無批判に受け入れたのではなく、ご自身で詩人の意図などを再検討した上でのことです。
一方、松下氏の現状維持という判断も、詩人の意図などを考慮した上で決めたことです。
せきとしては、どちらの方針もありで、優劣を付けたり一方を否定したりすべきではないと考えます。

もう一つは、歌い手が演奏するために「詩を解釈する」ことにまつわる事象です。
詩の解釈は一意に正解が定まる性質のものではありません。作曲者が作曲するにあたっての詩への解釈は、演奏者が詩だけを読んで解釈したものとイコールとは限りません。
その端的な例が、『そのひとがうたうとき』の一件といえます。

演奏の際は「作曲者が詩をどう読んで楽曲・音の形にしたか」という観点からの分析を忘れないようにしたいものですね。

なお、木下牧子氏の公式サイト(旧)内「Q&A」コーナー『質問15 詩の解釈に重点を置くのは、合唱指導において有効なアプローチか?』『質問44 「思いをこめる」ことと「思いを伝える」ことの違い』で述べられていることも勉強になります。