2009/11/08の日記

2009/11/08の日記

朝9時半過ぎに家を出て、新潟ユース合唱団の主催事業「合唱講習会 〜発声の基礎を学ぼう〜」会場のリリックホールへ向かう。

10時過ぎの出発でも集合時刻10時半には余裕で間に合うけれど、第1スタジオの鍵を開けたりなどする都合で予定を早めた。

今年度、新潟ユース合唱団が長岡で何かやるのは3回目になる。その場所取りは3回ともせきが担当していたものの、過去2回は当日ほかのメンバーが先に会場入りしていて開錠など代わりにやって下さったので、ちょっと申し訳ないなと思っていたのだ。

で、今回せきは一番乗り。すぐ後に来た新潟大学医学部合唱団員4名ほどを少々お待たせしてしまったが、無事に開錠完了。

午前中は会場設営ののち、ウォームアップと講習曲「Super flumina Babylonis」のおさらいを1時間ちょっと。

13時半、講習会スタート。ご年配から高校生まで50名ほどの受講者が参加してくださった。

講師・清水雅彦先生は小千谷市のご出身なので「新潟県で活動をすることには格段の思い入れがある」というお話から始まる。

清水先生のご指導について、引き出しの豊富さや、飴と鞭の絶妙な使い分けに、感服するところ大であった。

前半2時間弱は、発声法の手引き。

立つ姿勢、ブレス(吐き出し方、保ち方、様々な吸い方の使い分け)、母音の発音(口の開け方、ノドの奥の開き方)、音域の変化に伴う体の使い方、などなどなどなど。このくだりだけに3時間を費やしてもよかったのではというぐらいのボリュームだった。

せき個人に響いたご指導は「いつも笑って」

「へその裏のコントロール(ブレスを入れるポイント)」「前に出した息を吐ききらないと、次のブレスの入りが浅くなる」「ひざ付近の空気を下に押し下げる(ブレス・声を出すときの支え)」「フレーズが先に進むに従って、声の意識を高めに持ってゆく(講習中、これをサボり『仕事してますか?』と注意されることもあった)」あたり。しばしばつまづいていたポイントに対する解決策の発見や、大学グリーおよびOB男声合唱団時代にご指導いただいて忘れかけていたことの思い出しにつながったことがたくさんあった。

後半1時間ほどは、講習曲の実演指導。

グレゴリアンチャントを導入にしたアルシスおよびテージスの歌い方や、ルネサンスポリフォニーの演奏法に踏み込んでの曲作りなど、これまた1時間では足りないほどのてんこ盛り。ひとつひとつのご指導で、サウンドがどんどん立体的になっていく。

もちろん発声面からのご指導もあった。[e] や [u] の発音に対する注意が多かったことに、この母音の難しさを改めて感じた。

終了、撤収、諸連絡。

2010年度、新潟ユース合唱団は演奏会を行うことがメンバーに公表された。そこで客演指揮者に清水先生をお呼びすることをtek310氏がアナウンスしたら、歓喜の反応をしたメンバーが多数。いい講習会を開けたことが確認できて嬉しかった。

そこでせきが「自分はもう参加できませんけど」と前置きして定年退団の挨拶を述べる。

解散後、リリックホール事務室に鍵返却と備品使用料支払いに行き、講習会プロジェクト完了。大過なく終えることができ、安堵した。

これで今年度(まだ他の件について引継ぎが残ってはいるものの)、そして4年間にわたる新潟ユース合唱団でのわが活動はおしまい。

ある後輩との再会

ある後輩との再会

前回は先輩との再会にまつわる話。そこからの連想で、今回は後輩と再会した話。


昨年、新潟ユース合唱団が関東合唱コンクールに出たときのこと。ロビーに見覚えのある女性がいた。おや、もしかしてトントンじゃないか?

トントンとは、立教大学グリークラブの後輩。せきが4年のときの1年にあたる。Sopranoだが、あのパートによくいるお姫様系キャラとは雰囲気が違い、庶民的で、いつも愛想が良かったような印象がある。高校時代から合唱をやっていて、立教グリー4年次は学生指揮者として女声定期演奏会を成功に導いた人。

トントンさん(以下、敬称を付ける)の卒団から1〜2年ぐらいは立教グリー関係の演奏会ロビーで挨拶していたが、いつの間にかご無沙汰になった。理学部を卒業してから大学院に進んだとかいう話を聞いた覚えはある。

トントンさんは千葉県代表になった合唱団のメンバーとして、りゅーとぴあに来ていた。演奏を聴きたかったが、既に終わったとのこと。どうも新潟ユース合唱団の直前練習と時間がバッティングしていたようだ。その団は金賞だったとのこと(全国進出は逃したようだが)、聴けなくてなおさら残念。

合唱連盟のコンクールに参加するような活動をしている立教グリーOBOGはほとんど知らなかったので、こんなところで会うと思っておらず、驚く。お互いそうだったようだ。

一方で、合唱を続けている後輩の存在を知って嬉しかったのも事実。

合唱を続けているという以外の近況とか、せきの団の演奏への感想を聞きたかったけど、そこまでの言葉は交わさずじまい。

トントンさんや他のOBOGと次に再会できる日はいつになるやら。ただ、どうも11/14の立教グリー100回定期演奏会は行けなさそうなので(チケット完売になったらしいし)、チャンスがあったとして来年以降になるけど。

名島先輩 → 名島先生

名島先輩 → 名島先生

第1回にいがたコーラスアンサンブルフェスティバルのゲスト講師・名島啓太先生と、ささやかな由縁がある。



1992年。せきは立教大学の1年生、グリークラブに入団して間もない頃。

部員の一部が揃って団を去り「混声合唱団 鈴優会」を立ち上げた。抜けたメンバーの一人が名島氏で、現在まで鈴優会の常任指揮者でいらっしゃる。

立教大学グリークラブは4年生が幹部、3年生が準幹部という体制で、2年次ではきたるべき準幹部および幹部に向け、クラブのありかたなどについて議論しあいつつ、役職決めを行う。その過程において名島氏の代では分裂が生じた、らしい。せきの事実認識はこの程度で、立ち入った経緯は分からない。

名島氏および鈴優会の歩みを見ると、立教グリーと袂を分かったのはむべなるかなと今は思う。


せきが把握している限り、立教グリーから鈴優会へ移ったメンバーは、当時の2年生が男声6名ほど+女声1名ほどと、1年生の女声2名(ざくっとした把握のため誤差があるかも)。

名島氏の代の男声については3分の1が抜けた計算になる。どれほどの衝撃か、お分かりいただけるだろう。


余談。鈴優会創設に伴って立教グリーを離れた同期2名のうち、1名は間もなく戻ってきた。

4年次の秋深い某日、そのへんの事情をご当人(戻ってきてからMezzo Sopranoのパートマスターになった)に尋ねてみたことがあるが、答えは「うーん、どうだったかな……」で終わったような。


ともあれ、立教グリー史上まれにみる大事件なのは間違いない。しばらく立教グリーの中に鈴優会を敵視するような空気があったことを覚えている。


鈴優会に移った先輩の中には、立教グリー在籍中、新入部員のせきに手ほどきした人や声をかけてくださった人もいらっしゃる。

だが、Second Tenorの名島氏とBassのせきが直に声を交わしたことは恐らく皆無。

せきが3年生のとき、産業心理学だか人間工学だかの授業で名島氏の姿を見かけたことがあるけれど、まだ鈴優会へのわだかまりが残っていたことなどで結局ご挨拶せずじまい。


鈴優会の演奏会は1度だけ拝聴したことがある。1994年11月に行われた第4回定期演奏会。演奏について印象に残っているのは、Sopranoが突出して大きく聞こえたということぐらい。同じ合唱団がのちに合唱連盟のコンクールで全国大会に進出しようとは想像もつかなかった。

その演奏会のパンフレットが手元にある。あちこちのページで大学4年生の名島氏が文章を書いているのを読み「才気走った人だ」と当時のせきは思ったものだ。



十余年の時は流れ。

2004年に郷里越後へ生活拠点を移したせきは、立教グリーOBOGと違う方面の合唱、なかんずく地元の合唱界に目を向けるようになる。そこで驚いたことの一つが、名島先生(ここから敬称を変える)が県内で複数合唱団を振っておられることだった。

名島先生の躍進ぶりは全日本合唱連盟の機関誌「HARMONY」などでちらほら目にしていたのだが、まさか当地で……。

2007年、新潟ユース合唱団が第2シーズンの活動として自前で演奏会を開催したとき、舞台袖で、賛助出演団体・合唱団ユートライの指揮者として出演していた名島先生と再会する。といっても当方は恐縮のあまり声をかけづらく、会釈申し上げたのみ。

ステージの合間にtek310氏が諸先生方にしたインタビューや、終演後のレセプションでのスピーチを聞いていて、名島先生の話し声が大学時代の記憶と違うような気がした。もし感じたことが正しければ、重ねた年月による変化と、発声トレーニングで変えたものであろうか。


そして先月の第1回にいがたコーラスアンサンブルフェスティバル。

名島先生の指揮により、Ariel Quintana作曲「Ave Verum Corpus」を公開リハーサル付きで合同演奏した。

テンポ・ダイナミクスの動きで音楽に命を吹き込むさまやリハーサルの進め方からは北村協一先生の匂い、テクストの流れを音楽に生かす曲づくりからは畑中良輔先生の匂い(北村先生も畑中先生も、名島先生が団員だったときの立教グリー指揮者)を、せきはかすかに嗅ぎ取った。

終演後、名島先生にご挨拶申し上げる。

「なんとお呼びしたらよいのか、……」と前置きして後輩と名乗ったがピンとこないご様子。せきの同期にあたる鈴優会在籍経験者の名前を挙げたら少しばかり懐かしそうなお顔になったが、いずれにせよ名島先生にとって自分は記憶のかなたでいらしたようだ。

ちょっとお話しさせていただき「丸くなられたなあ」と思った。あふれる才気は昔の演奏会パンフレットから感じたのと勝るとも劣らないながらも。

立教グリーOBOG多しといえど、合唱指揮者として独立してからの名島先生と、いま立教グリーOB男声・現役男声の指揮者であらせられる高坂徹先生(昭和56年卒)、ご両人のタクトで歌ったことがある者は、せきぐらいのはずだ。

Continue reading “名島先輩 → 名島先生”

2009/10/24の日記(その2)

2009/10/24の日記(その2)

第1回にいがたコーラスアンサンブルフェスティバルに出演した団体のうち、よそ様のステージについて勝手にいろいろと記してみます。

○ カンターレ

無伴奏混声合唱のための「シャガールと木の葉」(北川昇)より「I. 歩く」「II. あお」
男声は全員トルヴェールのメンバー、女声に新潟ユース仲間が若干名。
実演に接したことが2度ほどあるが、今までの記憶とは段違いに精度の高い演奏。
「シャガールと木の葉」は1年近く付き合ってきた曲らしい。せきは北川作品自体初体験だが、歌い手がハマるのも、それだけの力を持つ曲であることも、演奏を聴いてよくわかった。

○ 4 colate

「Matona mia cara」(O. ラッスス)
「ロマンチストの豚」「鴎」(木下牧子)
新潟大学室内合唱団メンバーによる混声カルテット。
ラッススは縦割りの曲で「よくまとまってる」という程度の印象。木下作品の掛け合いが混ざるくだりで「女声、特にソプラノが凄いんだ!」と気づく。男声2名も合唱のアンサンブル職人として素晴らしいのだが、カルテットなら個性をもっと表に出してもよかったんじゃないかなあ。

○ 女声アンサンブルiris

「Ave Maria」(G. P. da パレストリーナ)
「さくら」「一番星見つけた」(編:信長貴富)
「Drei geistliche Choere」op.37(J. ブラームス)※「oe」はoウムラウト
指揮者tek310氏のもとに、合唱好きで実力豊かな合唱歌手が集った団。前述した4 colateのソプラノさんもメンバー。
サウンドの純度は出演団体中白眉。県の2009年アンサンブルコンテスト代表に輝いたのも納得。
名島先生からの講評を聞き「ああ、新潟ユース合唱団もこういう雰囲気のサウンド(純度は及びも付かないけど)なのだな」と思った。

○ 合唱団NEWS

「いっしょに」「サッカーによせて」(木下牧子)
「Stabat Mater dolorosa」「Laudate Dominum」(U. シサスク)
混声アカペラ版「地球の歌」(佐藤さおり)
新潟ユース合唱団でご一緒したメンバーが何人かいるご縁で、せきは演奏会に一度おじゃましたことがある。
4 colateの木下作品と比べると、音色の暖かさ・やわらかさが印象に残る。
オンステ人数は1パート3人前後だったかな。この規模だと合わせに行こうとするあまり小ぢんまりしがちなように思われるが、NEWSは一人一人がのびのびアンサンブルしているのが興味深かった。
合唱団NEWSの講評のあと、指揮者氏が「わが団におすすめの、外国の現代作品を紹介して欲しい」と名島先生に尋ねた。先生は、海外現代作品の源流といえるものとして、コダーイやバルトークの名前を挙げていた。
名島先生が答えを探すのを見ながら、せきも一緒になって投げかけに対し考えてみた。部外者で僭越ながら申し上げますと、貴団のトーンにはイギリスの作品が似合いそうな気がいたします。洋物に疎いので作曲家を羅列する程度ですが、ジョン・ラターとかヴォーン・ウィリアムズとかエルガーとかホルストとかの方面です。

2009/10/24の日記(その1)

2009/10/24の日記(その1)

朝8時過ぎに家を出発、第1回にいがたコーラスアンサンブルフェスティバルの会場・りゅーとぴあへ向かう。
道は割と空いていて楽々かなと思っていたが、会場近くで曲がり角を間違えてしまい、集合時間10時20分ぎりぎりの到着。
練習室4で声出しと直前練習。
  T S
  B A
みたいなフォーメーションで輪になって練習。Altoの隣で歌うのはなかなか新鮮であった。
指揮者・tek310さんはフェスティバル実行委員長としてのお仕事で不在、別の団員さんが進行。彼はよく頑張っていたのだが応えきれず「ソーラン節」が一度ならず途中で止まってしまう。情けなくもtek310氏のアインザッツに依存しきっていたことを痛感。
11時20分にスタジオAへ移動、tek310さんの指揮による新潟ユース合唱団単独ステージの直前リハーサル。練習室4でのこわばりが残っていたのか「完成度なんか気にしないで、のびのびと歌おう」という指示。
ロビーで昼食。往路道中のセーブオンで買っておいた冷やし味噌ラーメン(秋も深まるとコンビニ弁当はレンジでチンが必要なものばかり、こういうとき困る)。トルヴェール仲間のカンターレ某団員さんがその値段を見て安いと驚く。
12時35分ぐらいからスタジオAで合同曲「Ave verum corpus」(Ariel Quintana作曲)の直前リハーサル。
譜面は事前に見ていたが、歌うのも合わせるのも初、でもBassは比較的歌いやすく書かれているので個人的にはすんなりいけた。内声パートは職人芸が要求されるし、終盤で女声がクラスター的に分厚くなっていくので、パートによっては取っ付きにくく感じる人もいるかもしれない。
リハーサルはtek310さんの指揮。
直前リハ開始間際に講評者・合同演奏指揮者の名島啓太先生がおみえになり「初めて全体で合わせたのが信じられないほど音が馴染んでいる」というお褒めの言葉と、ごくわずかな指示をいただく。
本番。他団体の演奏については別エントリにて。
3ステージ目が新潟ユース合唱団。
せきは演奏前に団紹介のスピーチ。頭の中の事前シミュレーションではリップサービス的な文言も浮かんでいたのだが、長広舌の癖を自覚していることと、リップサービスで場を暖めるのが難しそうという判断で、ことごとく割愛し、必要最小限にとどめる。あ、11月8日の講習会はちゃんとPRしました。
大勢の前で話すのは久々でアガりまくる。その悪影響で、スピーチを終え歌うときもブレスの入りが極めて浅くなってしまった。やっと普段に近いところまでブレスが入るようになったのがステージ後半だったような。
このフェスティバルは、各団体の単独演奏直後、それに対し名島先生が口頭で講評を述べるというスタイルで進められた。
新潟ユース合唱団にいただいた講評は以下のような感じ。
「よくいえば端正」
「反面、様々な様式の歌いわけがイマイチ(楽曲が自分の体に入りきっていないのが一因ですね。反省)。特に民謡はしっかり歌う音と抜く音との区別をしっかりしないといけない」
「ルネサンスポリフォニーを歌う際、校訂者が付けたダイナミクスにとらないよう気をつけよう(tek310氏からも練習で同じ指導を受けていたのに!)」
「『うたを うたう とき』は団創設から歌っているだけあって(スピーチでそういうことをしゃべったんです。拾っていただいて感謝)5曲の中で一番いい演奏だった」
エンディングとして公開リハーサル付き合同演奏。
名島先生の指導は十何分の短時間とは思えない濃密さだったように思う。
会場の椅子を片付け、解散。
打ち上げの宴会があったがせきは不参加。だが、マイカー移動だったので、打ち上げに出るカンターレの団員さん3名(トルヴェール仲間2名と、女声1名)を宴会場そばまで送り届け、そのまま帰宅。
第2回以降があるなら演奏者か聴衆かはともかく何らかの形でかかわりを持ち続けたい、そんな充実感のあるイベントだった。