2009/10/25の日記

2009/10/25の日記

コーラスアンサンブルフェスティバルについては明日以降に書きます。2009/10/24当日のうちに書きたかったんですが、あろうことかその日ブログサービス側のトラブルで書けずじまい。
閑話休題、本題突入。
2009/10/07付けエントリ「ただいま考え中」に書いたオペラ「直江の婿えらび」について、度重なる懇請に負け、一昨日、新潟大学教育学部音楽棟での練習に初参加しました。
練習そのものは13回目。過去12回のうち2度の通し稽古を経て、歌い手さんの大半は歌も動きも概ね体に入っていらっしゃります。そんな中に音取り段階真っ只中の者が混ざるのは大変しんどうございました。
後半、通算3度目となる通し稽古では譜面を持ったまま歌い動きました。ありがたくもお目こぼしいただいたんですが、オペラによっては雷を落とされても文句の言えない行為なので、せきはなんとも肩身が狭かったこと狭かったこと。
オペラの実行委員会代表・脚本・演出を務める桂木-でんか-農さんには、お誘いを受けたときも、このたびの練習後も、「暗譜前提で動きもつくオペラに、稽古1回(もう1回あるけど新潟ユース主催の合唱講習会とのバッティングで欠席せざるを得ず)とHP(HauptProbe:舞台稽古)とGP(GeneralProbe:直前通し稽古)だけの参加で出演だなんて、足を引っ張るだけ」と遠慮を申し上げました。そのたびごとに「合唱経験豊富でトルヴェールのおちゃらけステージにも対応できる貴方なら大丈夫」と言われるばかり。
まあ結局、いろんな事情でお断りしきれず、ありがたくも出演させていただくことと相成りました。
次回参加となるHPまでにどこまで追いつけるのか、せきは不安でいっぱいいっぱいです。できるだけ譜面を落とせるようにしたいなあ……。

あさって歌う2つの民謡合唱曲

あさって歌う2つの民謡合唱曲

きたる2009/10/24に開催される「第1回 にいがたコーラスアンサンブルフェスティバル」で新潟ユース合唱団が取り上げる曲のうち、三善晃作曲「佐渡おけさ」「ソーラン節」について。

この2曲はいずれも「混声合唱のための 五つの日本民謡」という曲集に収録されています。東京混声合唱団というプロフェッショナルが委嘱・初演しただけあって手加減なしの難易度で、アマチュアだと腕におぼえがなければ手が出せない代物です。正直、新潟ユース合唱団としては大冒険の選曲なんですが、よく喰らいついてるものだとせきは感服します。

出版譜のライナーノーツは分かりにくいのですが、端的に言うと「民謡を題材に作曲する際、自分なりのフィルタがかかった。合唱団の皆さんには、民謡が歌われる現場のナマの空気やリアリティを忘れないで演奏してほしい」という趣旨なのでしょうかね。

もっとも、民謡の原型をなるべく残そうという苦心は随所にあらわれていて、それがこの曲集の、特に音取り段階での難しさにつながっています。

最近はYoutubeやニコニコ動画などに民謡の動画が投稿されているので、原曲の民謡に簡単に触れることができるようになりましたから、いろいろ視聴してみると演奏に役立つものが得られると思います。


佐渡おけさの原曲は、酒宴のお座敷で歌われたもののようです。日本語版Wikipedia「佐渡おけさ」の項を読めば概要がつかめるでしょう。女声パートを悩ませる「ハァ アリャサッサッサ」は、原曲では音程の付かない掛け声・合いの手です。こういうふうにして音程のないものから複雑な和声をつけた曲として、能の謡を土台にした「王孫不帰」という三善氏の男声合唱曲を、せきは想起します。

歌詞には様々なバリエーションが存在します。「佐渡おけさ」→「佐渡おけさ歌詞集」に列挙されています。合唱曲に採られていない歌詞の中には、佐渡島と越後の遠距離恋愛をほのめかすものもありますね。

三善晃氏には「佐渡おけさ」による混声合唱曲がもう1作品あります。和太鼓などの打楽器とピアノが付くもので、合唱団弥彦が1996年に初演しました。初演演奏会で三善氏と宗左近氏の対談があり、その中で宗氏が草柳大蔵氏から「新潟芸者の歌い踊る佐渡おけさは雨が降るよ」と言われたというエピソードを紹介しています(詳細:合唱団『弥彦』夜と谺(こだま)〜対談「宗左近、三善晃」)。


三善氏による合唱曲「ソーラン節」は、柴田南雄氏(新潟ユース合唱団のボス・tek310氏が好きな作曲家の一人)が、労働のナマの息吹があると激賞したものです。
ソーラン節の原曲は、北海道の漁師が、獲れたニシンを網からタモで船上に掬い上げるときの労働歌です。詳しくは日本語版Wikipedia「ソーラン節」の項をどうぞ。

途中「ごみ島」が出てきますが、「ゴメ島」「奥尻」「これ島」と歌うバージョンもあります。「ゴメ島」と名の付く島は北海道に何箇所かあるのですが、ニシン漁ということを踏まえるなら、道北端に近い枝幸郡枝幸町音標にあるゴメ島と理解するのが最も蓋然性が高そうです。なお「ゴメ」とはアイヌ語でカモメのこと。
ソーラン節にもさまざまなバリエーションの歌詞が存在します。場を盛り上げるために歌われるアドリブも多く、中には景気づけのために歌われる、色っぽい、時として卑猥な歌詞もあります。

深沢眞二氏の著書「なまずの孫 3びきめ 邦人合唱曲への文芸的アプローチ」26〜27ページ(メロス音楽出版)によると、「離れ島でも〜」のくだりについて「もてない男だって漁で稼げば港の女郎屋でもてまくる」という解釈もできるとのこと。それを踏まえると「一夜千両の網起こし」も「モテるために稼ぐぞ!」という裏の意味が漂ってきますね。

あさって歌う2つのモテット

あさって歌う2つのモテット

きたる10/24に開催される「第1回 にいがたコーラスアンサンブルフェスティバル」で新潟ユース合唱団が取り上げる曲のうち、Giovanni Pierluigi da Palestrina作曲「Sicut cervus」「Super flumina Babylonis」について。
この2曲は、いずれも旧約聖書の「詩篇」からテクストを求めています。
詩篇とは神を賛美する詩で、全150篇あります。詳しくは、日本語版Wikipedia「詩篇」の項を。
いま日本のカトリック教会やプロテスタントで最も多く用いられている新共同訳聖書でいうと、「Sicut cervus」は詩篇42:2(第42篇の第2節)、「Super flumina Babylonis」は詩篇137:1-2(第137篇の第1〜2節)に作曲されたものです。
全音楽譜出版社「イタリア宗教曲集 1」の巻末解説では「詩篇41」「詩篇136」みたいに番号が1つずれていますが、これは別の底本による日本語訳(新改訳聖書など)に付けられている番号です。
詩篇42は全12節(冒頭の「コラの子〜」を1節とカウントした場合)、詩篇137は全9節から成ります。また、詩篇42は詩篇43「Quia tu es Deus」(全5節)と合わせて一つのまとまりを形作ると解釈する人もいます。
「Sicut cervus」については詩篇42・43の全文、「Super flumina Babylonis」については詩篇137の全文を読むと、作曲された部分からは分からないことが見えてきます。そこには、穏健な曲調からは想像がつかないほど激しい心情が描写されてます。ぜひ一読をおすすめします。
ただ、Palestrinaはこれらの詩篇を典礼の場面で歌うために作曲しました。神に捧げる曲である以上、奥に秘められた心情をぶちまけるようなハシタナイことを避けたのでしょうかね? まあ、われわれ現代人も、しかるべき様式を踏まえて演奏したいものです。
「Sicut cervus」で歌われるテーマを一言にまとめるなら「神への渇望」でしょう。第5節以降では、強い信仰心をもって逆境から這い上がろうとする思いが綴られています。
「イタリア宗教曲集 1」の譜面には、原詩と高野紀子氏による日本語詞が併記されています。日本語詞はなるべく同じ譜割りで歌えることを優先したもので、巻頭に「きわめて自由な訳文」と断り書きがあります。
その「Sicut cervus」日本語詞末尾の「とこしえに」は原詩にない単語ですが、作曲されていない部分の原詩を読むと「とこしえに」に深い意味が込められているような感じがします。
「イタリア宗教曲集 1」の巻末解説では「Sicut cervus」の出典について「2節から4節まで」と記されてますが、この曲集には2節による曲の譜面しか載ってません。ハテと思った人もいるはず。
実は、Palestrinaは、3〜4節をテクストにした「Sitivit anima mea」というモテットも作曲しています。「Sicut cervus」のすぐ後に「Sitivit anima mea」をattaccaでつないで演奏することもしばしばありますし、この2曲をまとめ「Sicut cervus」と題して歌うこともあります。CDやYoutube動画などにあるPalestrina「Sicut cervus」の音源で5分を超えるものは、「Sitivit anima mea」を合わせた演奏と思って間違いないでしょう。
「Super flumina Babylonis」はバビロン捕囚で捕虜となったユダヤ人の詩です。
曲中「Sion(シオン)」とは、エルサレムにある「神殿の丘」です。一般にはエルサレム全体を指す場合もありますが、第5節以降に「Jerusalem」が出てくるので、狭義に解釈したほうがよさそうです。
詩篇137全体を通して見ると、聖地エルサレムを忘れまいとする強い念が込められていることが分かります。
第3〜4節で、バビロニア人が捕虜に向かって「座興として、お前らの賛美歌を歌え」と命じられ「異境でそんなことができるかよ!」と反感を抱いたことが描かれています。
すなわち、Palestrinaが作曲した部分に出てくる「flevimus(涙を流した)」はホームシックの涙ではなく、悔しさ・情けなさが込められているのです。また、楽器を柳の枝に掛けたのは、一息ついてということではなく、座興として賛美歌を求められたことへの拒否であり、バビロニア人へのささやかな抵抗ということなのでしょう。
曲が長和音で締めくくられているのは、信仰の強さによる確かな意志のあらわれなのでしょうか。とらわれの状況から脱する希望が込められているのでしょうか。また違う意味でしょうか。
蛇足。Palestrina作曲のモテット「Super flumina Babylonis」には、オッフェルトリウム集の1篇として作曲された5声バージョンもあります。

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鬼が笑えど来年度Nコンの話を

鬼が笑えど来年度Nコンの話を

2010年度NHK全国学校音楽コンクール課題曲の概要が発表されました。テーマは「いのち」。

○小学校の部

作詞(作詩):里乃塚玲央/作曲:横山裕美子

不勉強でお二方とも詳しく存じ上げません。

ちょいと調べてみたところ、里乃塚さんは長いことアニメソングを手がけている職業作詞家で、近年は中高生向けの合唱曲も手がけている人だそうです。「季刊 合唱表現」第23号に「今どき、子どもの歌考」と題したコラムを寄せておられ、……って、この号、せき買いました。持ってるはずなんですが現物がどこぞに紛れ込んでしまい、記憶も曖昧ですみません。巻頭に掲載されているのは確かです。子ども向けに作られてTVなどで流れる歌にが込められている工夫とかいった雰囲気の内容だったような。

横山さんは、小学生向けの2部合唱曲をたくさん書いておられる人だそうです。

○中学校の部

作詞(作詩)・作曲:大塚愛

いろいろ物議を醸しています。「3年続けて中学生の課題曲がポップスかよ」「ピークを過ぎている人が、『手紙』『YELL』に倣った売り出しにかかっているのでは」「軽薄な曲ばかりで盗作疑惑さえあるのに」といった批判が出ているようです。

不評の声は理解できます。でも、せきはいずれ大塚さんが選ばれるであろうと思っていましたし、悪くない人選だとも考えてます。森山直太朗さんぐらいの時期でも不思議はなかったぐらい。

どこかのインタビュー(TVだか雑誌だか失念)で大塚さんご本人が「自分は自己主張の手段として作曲するのでなく、マーケティング的なことも考えて商品としての曲を書いている」みたいなことを言っていたのに接し、シンガーソングライターにしては珍しいと驚いた覚えがあります。のち、週刊文春の連載「考えるヒット」で近田春夫さんが似たような指摘をし、近田さんの慧眼に改めて感服したものです。

閑話休題。大塚さんは秋元康さんみたいな職業作家的スタンスの人。職業作家ならば合唱コンクール課題曲として中学生が歌うことを十分わきまえたものを書くはず。だからせきは楽観視と期待をしています。

なお、この人は作詞・作曲に苗字抜きの「愛」名義を使っているようなので、課題曲もそうクレジットされると思われます。

○高等学校の部

作詞(作詩):谷川俊太郎/作曲:鈴木輝昭

テーマ的に、いまどきのベタと呼んでもいいくらいの布陣。発表されたとき、前日の中学校の部とは比べ物にならない湧き上がりっぷりでした。

合唱人には馴染み深いコンビなのですが、合唱作品って実は混声・女声ばかりで、このコンビによる男声合唱曲は恐らく来年度課題曲が初と思われます。

谷川氏のテクストによる男声合唱曲は結構ある(有名どころで「ことばあそびうた II」「クレーの絵本 第2集」などなど)のに対し、鈴木氏の男声合唱曲が少ないのです。「日本の絶版・未出版男声合唱曲」→「サ行の作曲家」に列挙したものと、原曲が誰の作曲か分からないので載せてない編曲作品「砂山」がすべてのはず。

せきが接した記憶のある鈴木氏の男声合唱曲は、組曲「ハレー彗星独白」の譜面および実演と、組曲「銀幕哀吟」の譜面ぐらいです。男声では効果的な響きが得られにくい「低音域での密集配置・音のぶつかり」を多用しているのを見ると、あんまり男声合唱を書き慣れておられないような印象を受けます。そこらへんが来年の課題曲でどうクリアされるのか、すなわち編成による演奏効果に有利不利が生じないかどうか、楽しみなところです。

「Nコン2009全国コンクール」TV観覧記: 高等学校の部

「Nコン2009全国コンクール」TV観覧記: 高等学校の部

結局3日連続で、Nコン2009こと第76回NHK全国学校音楽コンクール高等学校の部の全国大会TV中継を見ました。ここまでガッツリ視聴したの生まれて初めて。

課題曲

どこも冒頭のスローテンポな部分がモタり気味に聞こえたような。ここ、後半の爆発に向けてエネルギーを溜め込むところだと理解してるんで、走り出しそうになるのをこらえるみたいに食い気味で歌うのがいいと思うんですよね。

あと、トップクラスの高校生でも2拍3連のリズムは鬼門なのか、限りなく「付点4分音符+付点4分音符+8分音符」に近づいてしまいブレーキをかけている学校があったような。

自由曲

ハイレベルすぎて論評できることがありませんです。

選曲もコンクール向けレパートリーが中心であまり耳にする機会のない曲ばかりだったのですが、音を聞いたことのある曲が2曲ありました。CDを持っている「祈りの虹」第1曲と、せきが立教大学グリークラブ4年のとき女声が定期演奏会最終ステージで取り上げた「動物詩集」終曲。後者は直接歌ったわけではないし、混声版・女声版の違いもありますが、にもかかわらず懐かしくなりました。

特別ステージ:クラス合唱選手権

本編自由曲がシリアスなものばかりなので、一般視聴者にとっては肩こりをほぐすのに役立ったのではないでしょうか。

ここでようやく男声合唱が出てきたのは嬉しかった。一世風靡セピアみたいなユニゾンばかりだったのが惜しかったですが。

THE BOOMの「風になりたい」をカバーした組で自然に手拍子が鳴り出したのは、音楽(楽曲・歌い手とも)の力なんでしょうね。

最後の組の高校、司会者の山田アナウンサーがOBだったというサプライズ。それで山田アナが起用されたのかな。

ちなみにもう一人の司会者・藤井アナウンサーはNコンPR番組「ハモリ倶楽部」にも出ていて、そこで小学生・中学生時代に合唱部員だったことを明かしています。

2階席ゲスト。

大谷氏は今回自由曲で取り上げられる作曲家陣の作品をよく取り上げる合唱指揮者。さすが、的を射た解説でよいですね。

パックンマックンのパックン、ちらほら「ハーバード大学グリークラブ出身」と言ってましたが、ここ男声合唱団として名門なんですよ。ハーバードグリーはいろんな人に合唱曲を委嘱していて、有名どころだとプーランク「酒の歌」とか。武満徹「芝生」もハーバードグリーの委嘱作ですが、技術的にハードルが高すぎてギブアップし法政大学アリオンコールが初演することになったという代物だったりします。そして、その手の難物になじみの薄い男声合唱団だったのであろうということは、パックンのコメントの端々から何となく感じられました。